離婚時の資金調達

離婚の戦術

 蓮沼式にいえば離婚は戦争ですが、戦争となればまず軍資金です。

 いざ離婚、となっても、先立つものがなければ何もできません。腹が減っては戦はできぬ、とは言いますが、離婚にも当てはまることです。
 別居を始めたはいいものの、もしアパートでも借りたのなら、月々の家賃ものしかかってきますし、炊事洗濯掃除といった日常の作業に伴うコストも発生します。これらは現代においては、何れも安くはない道具に支えられていますが、ネットで安く中古品を手に入れるとか、知人にもらうとか、夫の家から持ち出すとかしない限り、調達に苦労することになります。
 一方で、幼い子供がいれば身の回りの世話には手が抜けませんし、環境の変化を察知できる年齢になっていたら、尚更寂しがらせないためにも、心のケアに時間をかけなくてはなりません。

 こうして出費は嵩む一方なのに収入が増える要因はありません。むしろ持ち出しばかりです。
 腰を据えて働くどころか、平日の昼間には調停のために裁判所に出向かなくてはいけませんし、他にも弁護士と打ち合わせたり、入れそうな保育園を探したり……何より、先のことが心配で、何をするにも身が入らないでしょう。
 あなた自身、心身にダメージを負っている状態ですから、普段より多くの休憩を必要としているので、バリバリ働いて増収増益というわけにはいかないのです。

 こういう窮状に付け込むのが、夫側の「兵糧攻め」です。
 しかし、これにはちゃんと対抗策があるのです。

婚姻費用の請求

 それが「婚姻費用の請求」です。
 民法七六○条には「夫婦は、その資産、収入その他いっさいの事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する」とあります。別居中であろうとも、離婚を検討している状態であろうとも、離婚が成立していない以上、婚姻費用の分担は、相変わらず義務です。

 婚姻費用は、多く稼いでいるほうが、収入の少ないほうに生活費を渡す形となります。だから、夫の収入が妻より大きい場合は、不足分を夫が埋め合わせます。妻が無職なら、夫は収入を半分に割って渡さなければいけないでしょう。
 もし、夫が話し合いに応じてくれない場合には、家庭裁判所に「婚姻費用分担を求める調停」を申し立てることができます。もちろん、離婚を決断していなくても、単に現在、別居しているだけの状況でも、これは可能です。

 この辺を知っている男は、妻の別居が離婚に繋がると知った途端、仕事をやめたりします。
 収入をゼロにすれば、分担もゼロにできると、そういう腹積もりです。

 ですが、難しく考えるまでもなく、「別居した妻を懲らしめてやるためにわざと働くのをやめたから、婚姻費用も出さなくていい」なんて、常識で考えて認められるはずもありません。第一、夫自身、その間の生活費は、どこかの口座から引っ張り出して賄うはずです。それは夫婦の共同財産でしょうから、そこからお金を引き出すのなら、妻にも同じように分配しなくてはなりません。
 ここでも結局は事前調査です。どれだけの収入を得ていたかを証明できる情報が手元にあれば、この辺の対策も迅速に可能です。というより、こんなやり方では逃げられないことを、最初の協議離婚開始の段階で告げることもできるでしょう。

 あなたの側に、特に有責性が強い場合を除き、婚姻費用の請求は、認められると考えていいです。それでも少し、待ち時間が発生することが考えられるので、手持ちの現金をいくらか用意しておくことは、絶対に必要でしょう。
 それから、婚姻費用とは別に、子供の生活費については「養育費」ですから、夫婦の事情に関係なく、離婚しようがしまいが出さなければいけません。

いくら取れるのか、借金はどうする

 では、問題はいくら出させることができるのか、ですが……
 夫の年収から、所得税・住民税、社会保険料等を控除した残りの金額が婚姻費用にまわせる所得となります。ここから夫が職業上必要とする経費と住宅費等を控除した残りが通常の生活費として使える金額です。
 ただ、夫が不釣合いに高い家賃を支払っているような場合や、不自然に高い必要経費を計算してきた場合には、実際の収入に応じて調整されます。

 昔はいろいろな算定方法があり、非常に複雑だったのですが、2003年に裁判所が養育費、婚姻費用の算定表を作成・公表しました。これによって算定基準が明確になり、今では迅速な取り決めが可能になっています。
 例えば、夫が年収700万円のサラリーマンで、子供は二人とも14歳以下という条件では、算定表に従えば一ヶ月の婚姻費用は14万円程度です。
 なお、別居後しばらくの期間を除くと、あなたが若く健康で働けるという場合には、100~130万円の収入が得られるものという前提で計算されます。

 しかし、こうした婚姻費用の支払いが、他の何かによって阻害されるということはないのでしょうか?
 例えば、夫が浪費によって多額の借金を負っていたとします。それでも受け取れるものでしょうか?

 答えは……「はい、受け取れます」
 上述の例ですと、夫は給与所得者です。すると、他の債権者が給与を差し押さえるとしても、全額を持っていくことは許されていません。給与(基本給及び諸手当、但し通勤手当以外)から所得税、住民税、社会保険料を控除した残りの4分の3は、差し押さえることができません。具体的には、夫の給与が40万円なら、30万円は無事、夫の手元に残るのです。
 その差し押さえ禁止の範囲から、養育費と婚姻費用を分担しなければなりません。よって、借金がいくらあろうとも、婚姻費用の減額程度ならいざ知らず、まったく払わずに済ませるなんてことはできないのです。

 言い換えると、夫が妻を兵糧攻めにしたくて架空の借金をこさえても、ほとんど意味がないということです。

愛人のレベルなら邪魔にならないが……

 では、別居中の夫の家に、愛人があがりこんだ場合は、どうなるでしょうか?

 夫がその女性と同棲しているからといって、その女性は妻ではありませんから、原則的には、彼女を養うために必要な費用だからといって、あなたへの支払いを減らしていいことにはなりません。逆に、彼女がいくら稼いでいても、それを夫の収入に加算して考えて、あなたの取り分を増やすこともできません(東京高決昭和58年6月21日家月三六巻六号四○頁)。

 ただ、これが単なる愛人との同棲ではなく、実質的な「妻」としての役割を評価される状況になると、少し話が違ってきます。

「現実に内妻として生活し、家事全般は勿論のこと実母及び子供の監護、教育に従事しているもので、主婦と同様の生活費用を要すると考えられるからである」

鳥取家裁米子支審昭和41年12月15日家月一九巻七号七八頁

 このような場合には、夫や妻、それぞれの生活状況を詳細に検討することになります。法律上の婚姻関係が継続している妻に対して、もちろん婚姻費用の分担は認められますが、夫の現実の家庭生活をみる限り、同棲中の女性が実質的に主婦として役割を果たしている事実も無視できず、特別の事情として認める見解がもたれることもあるのです。

 同様に、あなたが別居した後、新たに別の男性と生活を始めたとします。
 この場合、離婚することがほぼ決まっている、という状況であったとしても、元夫は婚姻費用の分担から逃れることはできません。ただ、離婚について完全に合意があって、どちらの側も「夫婦関係は破綻している」と認識していて、親権者から財産分与まで、離婚条件についても当事者同士で解決済み、だけど離婚届の手続きが済んでいないだけ、という状況であれば、婚姻費用の分担を減らすことは可能になります。
 あなたが別居して、更に他の男性との生活も始めたので、元夫からすれば「生活をやり直すつもりがない」「婚姻は破綻した」といえる条件を満たしているので、離婚を認めることと引き換えにであれば、婚姻費用を削れるのです。また、婚姻の破綻を認めないにせよ、妻が本来の夫との同居義務を果たせない状況を作っているということから、やはり「有責」であるとして、婚姻費用の減額をすることを認めた例もあります。
 ただ、これも勝手に減額することは許されていません。改めてそのための調停を申し立てる必要があります。

 つまり、あなたの側でいえば、きれいに離婚が片付くまでは、たとえ意中の男性がいようとも、その男性に養ってもらえる目処が充分あるのでなければ、同棲は始めないほうがいいということです。

婚姻費用から逃れることはできない

 最後に、夫がそれでも婚姻費用を一切負担しなければどうなるか、ですが……

「当事者の一方が過当に負担した婚姻費用の清算のための給付をも含めて財産分与の額および方法を定めることができる」

最判昭和53年11月14日民集三二巻八号一二五九頁

 要するに、婚姻費用から逃げ続けても、最後の財産分与で請求されたら、結局取られますよ、ということです。

 法務省も「婚姻費用の分担義務を履行しなかったことによって、その特有財産からの支出を免れているときは、婚姻費用を支出した者がその特有財産の維持に寄与したものと評価できる余地がある」として、婚姻費用の不払い分を、相手の固有財産から清算させることを認めていました。
 本来、どの程度の婚姻費用を分担すべきだったかについては、夫と妻の収入、子供の人数や年齢、生活水準などから決められます。要は本来の算定表と同じ理屈で判断されます。

 ただ、いずれにしても、婚姻費用をまともに受け取るためには、夫がいくら稼いでいたか、正しい情報を前もって知っておく必要があるのは、変わりません。
 それと、夫が婚姻費用の支払いを拒み続けても、すぐさま干上がったりしないように、手持ちの資金を事前に用意しておくことも重要です。

離婚とヘソクリ

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