離婚の判例:慰謝料についての基本

離婚の判例集

 慰謝料とは、被害者が加害者から受け取る賠償金です。
 これは本来、離婚とは特別な関係にないものです。例えば、あなたが見知らぬ誰かに殴られた場合にも、犯人が捕まれば発生するものです。これには特に相場というものはないのですが、傷害事件など、具体的な損害が目に見えるものの場合は、金額が決めやすいです。つまり、あなたが怪我をした、そのせいで一週間、仕事ができずに給料が減る、それと治療費もこれだけかかった……
 離婚の場合の慰謝料は、多くの場合、精神的なものです。夫の不貞行為が離婚の原因だった場合、あなたは別にそのせいで仕事ができなくなったわけでもないですし、治療費がかかるということもありません。だから、余程の事情がない限り、この手の慰謝料は五百万円を超えないでしょう。

 さて、そんな慰謝料ですが、実際の離婚に際しては、財産分与と一緒に処理されます。
 慰謝料請求と財産分与請求の関係は、どのようなものでしょうか。

財産分与と慰謝料の関係

 このケースの夫婦は、昭和18年より同棲生活をしていましたが、19年に婚姻届を出しました。
 戦時中でもあり、夫はその年に応召によって家を空けましたが、妻は夫の母と共に田畑の耕作をしていました。ですが、その労働が過酷でもあったことから、過労のために健康を損ない、仕事を休むようになったため、姑から冷淡な態度を受けるようになりました。
 夫は昭和23年に復員し、実家に帰りましたが、夫の母は妻を非難し、夫もそれに追随したため、妻は昭和24年に家を出ました。その後、一人で女児を出産しました。

 こういう事件を見ると、今も昔も変わらないんだな、と思います。嫁姑戦争というのは、現実の戦争にも負けず劣らず、人を蝕むものなのかもしれません。私、蓮沼も、この手の話を少なからず聞いていますから、他人事とも思えません。

 結局、夫は妻に対して離婚請求訴訟を提起しましたが、妻も夫に対して離婚と慰謝料請求の反訴を提起したのです。

 一審では、夫婦の離婚を認容しましたが、妻の夫に対する慰謝料請求は棄却しました。
 ですが控訴審では、夫婦関係の破綻の原因は夫の母が妻に思いやりを示さなかったためであり、夫も母を止める努力をしなかったとして、夫に対して7万円の慰謝料の支払いを命じました。

 夫はこれを不服として上告しました。
 現行民法においては、離婚をした者の一方は、相手方に対して財産分与の請求ができるから、離婚につき相手方に責任があるからといって、直ちに慰謝料の請求をできるものではないのだ、と。その離婚原因となった相手方の行為が、特に身体、自由、名誉などの利益に対する重大な侵害で不法行為であった場合に、損害賠償を請求できるだけだと、そう主張したのです。

 最高裁は、この訴えを棄却して、控訴審の判決を維持しました。

「離婚の場合に離婚した者の一方が相手方に対して有する財産分与請求権は、必ずしも相手方に離婚につき有責不法の行為があったことを要件とするものではない。しかるに、離婚の場合における慰謝料請求権は、相手方の有責不法な行為によって離婚するの止むなきに至ったことにつき、相手方に対して損害賠償を請求することを目的とするものであるから、財産分与請求権とはその本質を異にすると共に、必ずしも所論のように、身体、自由、名誉を害せられた場合のみに慰謝料を請求しうるものと限局して解釈しなければならないものではない」

 この妻の場合、過労で倒れて動けなくなったことを責められていました。
 この過労自体がもう「身体を害せられた」として虐待になりそうなものですが、とにかく、慰謝料の解釈はもっと幅広いということです。「相手方の有責不法な行為」によって離婚するしかなくなった場合に請求できるもの、ということですから。
 一方の財産分与は、相手の不法行為を必要としません。財産分与があるから、慰謝料はいらないだろうというのは暴論だということですね。

財産分与後の慰謝料請求

 財産分与と慰謝料は、一緒に処理されることが多いにせよ、別のモノですから、財産分与後であっても、請求は可能です。

 昭和35年に結婚した夫婦の例です。
 結婚した時、夫は前妻との間の男子を連れ子にして、今の妻との間にも長女をもうけました。
 ですが、この夫は暴力を振るう男でした。しかも、その母親もそうで、耐えられなくなった妻は長女を連れて家を出ようとしたのですが、それも姑に阻止され、結局昭和37年に実家に帰りました。

 とてもではないですが、暴力を振るわれるのでは夫婦生活などできません。離婚訴訟を提起し、昭和40年に離婚及び長女の親権者を妻に定め、夫から妻に箪笥一棹、水屋一個の財産分与を命じる判決が下されました。
 ……財産分与が時代がかっているところを除けば、現代人にも理解できるお話です。

 そうして離婚が成立して半年後、妻は慰謝料30万円の支払いを求める訴訟を提起しました。

 一審は、夫に対して15万円の慰謝料の支払いを命じました。
 控訴審も一審判決を維持しました。
 最高裁も同様にしました。

「財産分与がなされても、それが損害賠償の要素を含めた趣旨とは解せられないか、そうでないとしても、その額および方法において、請求者の精神的苦痛を慰藉するには足りないと認められるものであるときには、すでに財産分与を得たという一事によって慰藉料請求権がすべて消滅するものではなく、別個の不法行為を理由として離婚による慰藉料を請求することを妨げられないものと解するのが相当である」

 この判決は、財産分与が既になされていても、慰謝料請求はできることを示しています。
 また、離婚による慰謝料請求権の消滅時効は3年ですが、その起算点は離婚時であるとも示しています。

 以上が、慰謝料についての裁判所の基本的な考え方です。
 ただ、慰謝料には期待しすぎないでください。不法行為があった場合に限りということで、どちらも有責と言いきれるのでなければ、発生しません。また、裁判所は慰謝料を高額にすることについては消極的です。

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