離婚の判例:慰謝料の金額

離婚の判例集

 慰謝料というのは、どれくらいが相場なのでしょうか。
 決まりはないといいながら、実際には目安があります。実質的な不利益、つまり怪我をしたり、そのために働けなくなったりした分については、実際に発生する損害に応じて金額が算出されますが、離婚そのもの、精神的な苦痛に関する慰謝料は、せいぜいのところ五百万円未満であることが多いです。

 夫の不倫や暴力など、心に残る傷は決して小さくないのですが、裁判所としてはやむを得ないのでしょう。
 残念ながら、司法は復讐のためにあるわけではありません。もし不倫の慰謝料に一億円とか、全財産没収とか、果ては去勢とか、凄まじい厳罰が設定されていたら、どうなるでしょうか?

「不倫がバレた! もう俺はオシマイだ!」

 女房のやつは、俺を訴えるつもりだ。そうしたら俺は全財産を奪われた挙句に、去勢までされてしまう。冗談じゃない。だったら、イチかバチか、こっそり女房を殺して山の中に埋めてしまったほうが……

 開き直りの逆恨みとはいえ、こうなってしまったらブレーキがかかりません。想像してみてください。脱獄した死刑囚を、言葉だけで説得して刑務所に帰らせることはできますか? もちろん、減刑するというウソはなしとして、です。それと同じくらい、世の中が危険になってしまうのです。
 紛争を減らすための法律が逆上した犯罪者を増やしてしまって、より重大な犯罪に走らせるようでは意味がなくなってしまいます。だから、精神的な慰謝料については、限度があるのです。

 とはいえ、判例をちょっと眺めるだけでも、痛々しい女性の声が聞こえてくるのですが……
 二つほど、例をみてみましょう。

セックスレスの値段

 昭和62年、その女性は男性と見合いをして、フランスで挙式するため、挙式前の昭和63年4月に婚姻届を出し、5月に挙式しました。当時はバブルまっさかり、わざわざ海外で挙式とは、なんとも時代を感じます。
 また、彼女は結婚前までエレクトーン講師として月収25万円を得ていましたが、結婚のために仕事をやめてしまいました。どれだけ結婚にいれこんでいたのでしょうか。
 結婚当時、妻は35歳、夫は44歳で、どちらも初婚でした。

 ですが、男の44歳です。
 性的な方面では個人差がかなりありますし、精力の減退が激しい人もいます。或いは何らか特別な事情があって、女性に興味を持てなくなっていたのかもしれません。
 それに、今なら珍しくもありませんが、当時、この年齢で未婚というのは、かなりのワケありだった可能性が高いです。

 とにかく、新婚旅行中も、同居を始めてからも、彼は一切、妻に手を出そうとしなかったのです。会話らしい会話もありませんでした。彼女に魅力を感じなかったからなのか、それとも自分に自信がなく内気すぎて何もできなかったのか、或いは最初から女性に興味がなかったのか……
 それで彼女は6月に家を出て、実家に帰ってしまいました。そしてすぐ、7月には協議離婚をしてしまいました。
 この、結婚してすぐ離婚というのも、当時らしい風景ではありますが……

 しかし、悲しさをおぼえるのは、その損害です。
 結婚に際して彼女は、家具などの購入費として、少なくとも447万円を支出していたのです。離婚の際には家に持ち帰りましたが、離婚した今となっては使い道などありません。
 また、離婚後にまたエレクトーン講師の仕事を再開したのですが、一度やめたのが災いして、収入は以前の3分の1以下になってしまいました。

 それで彼女は、元夫に対して、慰謝料として1000万円を請求する訴訟を提起したのです。
 京都地裁は次のように判決を下し、控訴されることもありませんでした。

「夫が性交渉に及ばなかった真の理由は判然としないわけであるが、前記認定のとおり夫は性交渉のないことで妻が悩んでいたことを全く知らなかったことに照らせば、夫としては夫婦において性交渉をすることに思いが及ばなかったか、もともと性交渉をする気がなかったか、あるいは夫の性的能力について問題があるのではないかと疑わざるを得ない」

 婚姻生活が短期で破綻したのは、すべて夫のみに原因があるとして、夫に対して500万円の慰謝料支払いを命じました。
 これを見て、たった二ヶ月の同居でも500万円の慰謝料? となるわけですが、事実上は、彼女が婚姻家具の費用など、多くのコストをかけたことを問題視しての判決でしょう。

 しかし、なんといいますか。
 裁判官は「夫は性交渉のないことで妻が悩んでいたことを全く知らなかった」と述べています。ということは、彼女の側も、直接夫に要求したりはせず、自然と求めてくれるのだろうと思っていたふしがあります。
 それなのに夫も、こういうことになったのに控訴も何もせず、黙って判決を受け入れたのですから、女性をどう扱ったらいいか、わからなかったのでしょう。

 35歳という年齢を考えると、出産のチャンスとしてもギリギリです。
 私、蓮沼も、この結婚に賭けていたであろう彼女の気持ちを思うと暗澹たる気分になります。

苦痛の値段

 では、暴力沙汰ではどうでしょうか?

 昭和46年に結婚した夫婦で、47年に生まれた長男と妻の連れ子である男児二人がいました。
 夫の職業は船員で、長期間の乗船勤務があるので、家を留守にすることが多くありました。その際、家事をしっかりして、息子達を厳しく育てよと言いつけて行くのですが、妻は夫を満足させるほどには、うまくできなかったようです。
 問題はそこからで、注意してもきかないなら、と夫は暴力に訴えるようになったのです。

 平成7年、妻が参加していたボランティア活動のことで喧嘩になり、夫は妻を一本背負いで投げ飛ばした上、妻の顔面頭部などを何回も殴る蹴るといった暴力を振るいました。
 よっぽど手加減なしに殴られたのでしょう。妻は右鎖骨を骨折し、腰痛が発症しました。この腰痛は、後に腰椎椎間板ヘルニアと診断されました。
 これではたまらないので、彼女は夫と別居を始めました。

 夫は妻に対して、離婚を求める訴訟を提起しましたが、逆に妻が夫に対して、離婚、離婚慰謝料、財産分与、そして暴行による慰謝料を求める反訴を提起したのです。

 これだけ深刻なケースですから、裁判所はどちらの離婚請求も認容しました。
 しかし、後遺症が残るほどの暴力を振るったのですから、そこは無罪放免とはいきません。損害賠償として、入通院慰謝料50万円後遺障害慰謝料300万円後遺障害による逸失利益400万円の支払いを認めました。
 暴行を除く離婚による慰謝料は350万円、財産分与として1800万円の支払いも認めました。

 ですが、率直にいって、これでも少ないです。
 控訴審では、更なる増額がなされました。

 離婚による慰謝料については一審同様、350万円にとどめました。
 但し、入通院慰謝料100万円後遺障害慰謝料500万円後遺障害による逸失利益1113万5023円と、大幅な増額となりました。夫婦関係があること、保険制度が完備していないことにより、交通事故の損害算定に比して低額の損害額の算定をすべきではない、ということです。
 なお、財産分与にしても、夫が一級海技士の資格をもっていて、海上勤務が多かったことから多額の収入を得られたことが資産形成に大きく寄与しているとして、形成財産の約3割にあたる2300万円の支払いとなりました。

 この裁判は、いろいろな慰謝料が併合して審理された例です。
 ただ、多額の慰謝料を取っているようにみえて、実は離婚そのものの慰謝料は350万円しか認められていません。入通院慰謝料、後遺障害慰謝料、後遺障害による逸失利益は、何れも精神的なものではなく、実体ある損失に対する支払いです。
 長い間、暴力的な夫と暮らしてきたことには、かなりの精神的苦痛が伴ったはずですが、それについては、ここまでの評価しかされないものなのです。

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