離婚の判例:養育費の減額

離婚の判例集

 離婚後の元夫からの養育費の支払いは、女性にとって重要な問題です。
 かつ、これは女性自身の権利ではなく、子の権利なのですから、何が何でも確保しなくてはなりません。

 とは言いながら、ない袖は振れませんから、無条件にお金を引っ張ってくることができるのでもありません。

 元夫も人間ですから、いつでもどこでも十分にお金を出せる保証などできないのです。だから、裁判所もやむを得ない事情があるとなれば、養育費の減額などを認めることがあります。
 一方で、ただ養育費を払いたくないばかりに不当な手段を選ぶような男もいます。それが明らかな場合には、裁判所も事情を確認の上、逃がすことはありません。

 ただ、女性としては、元夫がどのような選択をしてもやっていけるだけの経済力を身につけておくべきではないでしょうか。私、蓮沼はいつもこの点を提案しています。夫と別れるのであれば、夫なしで生きていけるようにするのがまず第一なのです。

 以下、減額が認められたり、許されなかった例を挙げていきます。

稼げなくなった&新しい家族が出来た

 昭和61年に三人の子供の親権者すべてを妻と定めて協議離婚したケースです。
 養育費についても、昭和63年に取り決めをしました。子供の教育費は一人当たり毎月3万5000円、中学入学以後は5万円としたのです。各人が18歳に達した翌3月まで支払う、つまり高校卒業までは養育費を出すという話です。この時点で夫の年収は、およそ1500万円もありました。

 ところがこの後、元夫の収入は大きく下がりました。昭和62年まで1500万円以上あったのが、昭和63年には478万円、平成元年でも556万円、平成2年で572万円になったのです。
 更に元夫は、昭和62年に別の女性と再婚し、二人の息子が生まれました。新たな妻となった女性にも看護師の仕事があり、収入を得ていますが、これで一気に懐事情が厳しくなりました。
 それで元夫は、養育費の減額を求める審判の申し立てをしたのです。

 山口家裁は、生活保護基準を用いて養育費を算出して、前調停により支払うべき事件本人の養育費を、本件申し立ての時点以後支払われるべき分である平成3年3月以降、1人あたり月額3万円に変更しました。

「本件申立時においては調停の成立した昭和63年当時とは夫の収入が著しく変化したばかりでなく、新たな家庭が出来、そのための生活費を確保せねばならない等、生活状況が大きく変化したことは明らかであるから、そのような事情変更を考慮し、事件本人らの養育費の額を相当額減ずることはやむを得ないというべきである」

 元夫の再婚相手の女性の収入については、本人と二人の子供の生活費に充当されるべきとして、新しい妻と二人の子供の最低生活費を約19万4000円として、彼女の月収約16万8000円で不足する約2万6000円は、元夫の収入から優先的に充当すべきとして、彼の可処分所得額から控除しました。

 このように、養育費の義務者が再婚して子供も生まれたこと、年収も大きく下がったことが事情変更として認められ、養育費の減額に繋がったのです。
 この審判では、申し立てした時点から減額を命じていますが、実のところ「事情変更」は以前より起きていたことなので、これで正しい解決かどうかは、異論もあって当然です。遡って支払い金額を減らす、という判断もあり得たはずですから。

無茶な支払い要求

 もう一つ、事例を見てみましょう。
 いくら同意のある協議離婚といっても、あまりに非現実的な条件を設定すると、相手が潰れてしまい、結局は支払いが滞るというお話です。

 平成3年に結婚し、翌年に長女、平成7年に二女が生まれた夫婦のケースです。
 平成16年、夫は妻から離婚を求められ、離婚給付等契約公正証書に署名押印しました。そこでは、夫は妻に対して、二人の娘の養育費として、それぞれ大学を卒業する月まで一人あたり毎月7万円を毎月末日に支払うこと、夫が養育費の支払いを二ヶ月以上遅滞したときには、分割払いの期限の利益を喪失し、遅滞額及び将来にわたる未払月養育費の合計額を一括して直ちに支払うことが定められていました。
 かなり厳しい条件ですが、二人の娘の親権者を妻として協議離婚し、夫は家を出ました。

 ですが四ヵ月後、夫は養育費の減額を求める調停を申し立てました。
 東京家裁は、平成17年3月以降、元夫が元妻に支払うべき養育費を、1人月額4万5000円、二人なので9万円に減額しました。

「本件養育費約定により合意された2人分の月額養育費の額は、14万円であり、算定表による2人分の標準的な月額養育費の額(約6万円)の2倍以上の額であることが明らかであるから、夫の収入額からみて、これを支払い続けることが相当に困難な額であったというべきであること、現に、夫自身も、『養育費の14万円は臨時出費分も考慮した金額』である旨述べていること(略)、また、本件公正証書作成当時、夫としては、離婚後も当分の間同居生活を継続できるものと考えていたこと、夫は別居後も両親の援助を得て2人分の養育費として毎月14万円を1年近く支払ってきたが、両親からの援助が実は他人からの借入れによっていたことが後になって判明し、両親からの援助が期待できなくなっただけでなく、夫自身が借入金の返済をしなければならなくなったこと、その他、本件公正証書作成の経緯等、(略)で認定の諸事情を考慮すると、本件においては、当事者間に、公正証書によってされた本件養育費約定に基づく合意が存在するとはいえ、双方の生活を公平に維持していくためにも、本件養育費約定により合意された養育費の月額を減額変更することが必要とされるだけの事情の変更があるものと認められる」

 妻はかなり無理な条件を突きつけていた、ということです。
 お金持ちでもなんでもない普通の男が、毎月14万円を送金しながら自分も生活を営むのは、相当に困難です。どうせ別れるんだから取れるだけ取ってやれ、というのもわかりますが、あまりに現実離れした要求は、実現させようがありません。

「養育費は、その定期金としての本質上、毎月ごとに具体的な養育費支払請求権が発生するものであるから、そもそも本件期限の利益の喪失約定に親しまない性質のものというべきであり、また、養育費の定期金としての本質から生じる事情変更による減額変更が、本件期限の利益喪失約定により許されなくなる理由もない」

養育費を払うくらいなら、俺はニートになる!

 しかし、悪質なケースについては、裁判所も目を光らせているものです。

 世の中には、父性の欠片もない男がいて、彼らは養育費を支払いたくないばっかりに、わざと仕事をやめるという荒業を駆使します。しかし、そういった目的で失業しても、裁判所が見逃すはずはありません。
 妻としてできるのは、そうした行動をしても正しく請求ができるよう、夫の本来の収入がどれだけあったのか、常に情報を把握しておくことです。そうした証拠が、こういった悪質なケースでは、支払い命令に繋がる決定打となるのです。

 平成11年、三人の子供の親権者を何れも妻として、夫婦が離婚しました。
 ですが、この夫は養育費を出し渋ったようです。平成16年11月に審判があり、夫に対して、子供達の養育費として未払い分に加え、平成16年11月から子供達がそれぞれ満20歳になるまで1人あたり3万円を支払うことが決定されました。
 しかし、夫は何が何でも支払いたくなかったようです。妻に対する怒りゆえなのか……子供への援助はこれからも行っていくが、妻に対する金銭の支払いはすべて拒否する、給料差押えなどの強制執行が行われる場合には、退職してでも抵抗する旨を記載した書面を提出しました。
 ですが、そんなのは妻にとっても司法にとっても、知ったことではありません。妻は審判に基づいて、債権差押命令を申し立て、平成17年7月の給与から約17万8000円、賞与から約10万6000円、同年8月の給与から約12万8000円の支払いを受けました。
 夫は、平成17年8月24日、勤務先を退職しました。そして9月、子供たちへの養育費の支払い免除を求める調停申し立てをしたのです。

 福岡家裁は……まぁ、当然ですが……夫の申し立てを却下しました。

「夫は、全件審判時から、強制執行を受けた場合には勤務先を退職して抵抗する旨の意向を有していたところ、現に強制執行を受け、裁判所により強制的に支払わされることに納得できなかったために、勤務先を退職したのであり、稼働能力は有していると認められる。そもそも、未成年者らの実父である夫は、未成年者らを扶養し、未成年者らを監護する妻に対し養育料を支払うべき義務があるところ、前件審判において、養育料の支払を命ぜられたにもかかわらず、一度も任意に履行せず、強制執行を受けるやそれを免れるために勤務先を退職したのであるから、夫が現在収入を得ていないことを前提として、勤務を続けていれば得べかりし収入に基づき、養育料を算定するのが相当である」

 ただ、このケースは「簡単」すぎました。夫が妻への怒りをあらわにし、そうした宣言を裁判所に向かってしていたからです。黙って仕事をやめた場合、理由が不明なので、裁判所としても収入能力を喪失したと考えざるを得ない可能性もあります。
 また、他の懸念点もあります。この判決の、何が起きたでしょうか。夫が更なる抵抗を試みた場合、何が起きるかわかりません。二度と働かず、ホームレスになるかもしれません。或いは、妻憎しということで、実力行使で命を狙ってくるかもしれません。裁判所に抵抗する時点で、既に損得勘定など、吹っ飛んでいるのです。
 この後、この夫がどうなったかは、残念ながらわかりません。

 夫への復讐は、多くの女性が望むところですが、離婚には憎悪の連鎖、増幅がつきものです。
 しかし、法律はそれを応援してくれません。

 何を捨て、何を取るか。安定して養育費を支払わせることができるのか、いっそ一括で取るべきか……よく考えてください。

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