離婚の判例:預金通帳と婚姻費用

離婚の判例集

 慰謝料も、離婚すれば必ずもらえるお金というわけではありませんが、実は婚姻費用も、受け取れない場合があります。
 実質的に既に婚姻費用が賄われているとみられる状況では、相手方は改めて分担する義務を負いません。
 以下、具体的に見ていきましょう。

夫が出て行ったケース

 この夫婦は昭和48年に婚姻し、翌年には長女、50年には長男が生まれました。
 平成元年、夫は家を出ました。別居が始まると妻は、実家に帰りました。ですが翌年、妻名義で購入した土地に家を建て、長女と一緒に暮らし始めました。
 妻は、別居が始まった時に、自分と夫、娘、息子名義の通帳、証書などを保管して、預金のうち2283万円あまりを解約するなどしていました。つまり、妻は預金通帳からいつでもお金を引き出せたし、またそうしていたということです。
 ですが、妻は平成3年に、夫に対して婚姻費用分担の調停申し立てをしました。

 その3年後に夫は離婚等請求訴訟を提起し、平成10年に離婚が成立しました。
 残ったのは、婚姻費用の分担だけでした。

 原審では、妻の請求が通りました。
 大津家裁は、婚姻費用分担調停申立時から離婚判決確定日の前日までの婚姻費用分担金として、夫に対して796万9181円の支払いを命じました。

「本件預金等については、将来の財産分与審判において、分与の対象財産に含め、妻において既に処分したものは財産分与の先取りとして清算すべきものとして、本件審判においては、婚姻費用の前払いとしては考慮しないこととする」

 つまり、原審の判断は、財産分与であとで清算するから、とりあえず関係なく婚姻費用は支払うべきだとしたのです。
 しかし、これが大阪高裁で取り消されます。

「婚姻費用の分担は、本来、婚姻が有効に存続している夫婦について行われるものである。夫婦が離婚し夫婦でなくなった場合は、その間に婚姻費用の分担はありえず、過去分の婚姻費用の分担額の請求は、財産分与という離婚後の財産清算手続に委ねられる
 しかし、夫婦が婚姻中に婚姻費用の分担の申立がなされ、それが家庭裁判所で審理中に離婚判決が確定するなどにより離婚が成立したような場合には、これにより直ちに従来の手続きにおける当事者の努力を無駄にすることなく、これを生かすべきである。すなわち、この場合には、財産分与請求手続が他で先行しているなど特段の事情がない限り、訴訟経済の観点から、従前の婚姻費用分担手続は、以後、婚姻費用の分担という限られた部分において、財産分与手続の一部に変質してなお存続する」

 この離婚の場合、財産分与についての附帯申立はなされていませんでした。
 つまり、婚姻費用について考慮されない財産分与がもう片付いてしまっている場合であれば、改めて婚姻費用の分担を命じることもあるけれども、そうでないなら、もう離婚は成立しているのだから、婚姻費用の分担についての計算も、財産分与のほうで片付けるべきだとしたのです。
 実際、財産分与ではいろいろなものが一緒に処理されています。例えば、共同財産の分割と、慰謝料の支払いが同時になされています。なら、婚姻費用の分担についても同様でいいのではないかということです。

 また、大阪高裁は、妻が得ていた実質的な婚姻費用についても言及しています。

「妻が生活費等として費消した金額が前示の婚姻費用の分担額をはるかに上回ることは明らかである。必要な婚姻費用はこれによって現実に十分まかなわれていたのである。そうだとすると、妻はもはや夫に対して改めて前示の婚姻費用の分担額を請求することはできない」

 実際に預金を管理し、そこから好きなように引き出して使っていた以上、婚姻費用の二度取りはできないとしたのです。

妻が通帳を持ち出した場合

 似たような事例が、他にもあります。
 こちらのほうが、むしろ多くの女性にとっては一般的でしょう。

 平成9年に結婚した夫婦で、12年には長女、14年には次女が生まれました。また夫婦は、妻の母と同居する目的で自宅を購入しました。土地は妻の母名義で、建物の名義は夫が半分、残りを妻と妻の母が半分ずつです。
 ところが、平成15年になって妻は自宅を出て夫と別居を開始します。母と子供を連れて出ていったのです。この時、彼女は夫婦で貯金してきた預金通帳を持ち出しました。原審時点で550万円がありました。
 妻は病院で働いていて年収は250万円、夫は生活協同組合で働いていて年収は434万円です。
 恐らくですが、妻の生活は厳しい状態だったはずです。母と子を連れて、その年収です。北海道とはいえ、そこまで物価も安くはありません。しかも、住宅ローンの支払いを夫がやめていたため、預金通帳から支払いがされている状態でした。
 妻は、夫に婚姻費用分担調停を申し立てました。

 原審では、月7万円の支払いを命じました。

「婚姻費用の分担額は、税法等や統計資料に基づいて推計された公租公課、特別経費及び職業費の標準的な割合や、平均的な生活指数を参考にして算出されるべきであるところ、本件においては、同割合を修正すべき特段の事情も認められないから、同割合を参考にし、婚姻費用分担額算定の基礎とすべき妻の基礎収入は、その年収の40.26パーセントである年174万698円であると定めるのが相当である(中略)
 したがって、妻世帯には、年85万3257円の生活費の不足が生じることとなるから、夫は、妻に対し、月7万円の婚姻費用を分担すべきというのが結論となる。しかるに、夫は、これを全く支払っていないのであるから、夫には、別居の日が属する月の後の月である平成15年11月から起算して、本審判時点において、計21万円の未払が認められる。よって、これは即時清算させるのが相当である」

 これが抗告審で取り消されました。

「妻が共有財産である預金を持ち出し、これを払い戻して生活費に充てることができる状態にあり、夫もこれを容認しているにもかかわらず、さらに夫に婚姻費用の分担を命じることは、夫に酷な結果を招くものといわざるを得ず……」
「確かに、夫婦共有財産は最終的に離婚時に清算されるべきものではあるが、離婚又は別居状態解消までの間、夫婦共有財産が婚姻費用の支払に充てられた場合には、その充てられた額をも考慮して清算すれば足りることであるから、妻の主張には理由がない」

 要するに、夫との共同財産である預金通帳をもって家を出た場合、そこからお金を引き出すことを認められているのであれば、そこに十分な金額があればですが、婚姻費用の分担にかえることができるという判断です。
 これも、財産分与の時に全部一括して清算すればいいから、ということで婚姻費用の改めての負担を要しないとした判断です。

 目に見える形で夫の資産を利用している場合、それは婚姻費用の分担とみなされてしまう、ということですね。
 離婚を考える女性には、自由に動かせる現金が必要です。つまりヘソクリですが、その辺をいい加減にしていると、思ったほどおいしい思いはできないということです。
 その辺含めて、事前準備をしっかり考えましょうというのが、蓮沼のスタンスです。

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