離婚の判例:婚姻費用、守られる場合、守られない場合

離婚の判例集

 あなたが離婚中に夫に婚姻費用を請求するとして、どのような場合であれば、あなたの取り分が守られるのでしょうか。
 いくつかケースを見ていきましょう。

内縁の妻との婚姻費用は計算しない

 まず、正妻という地位は、やはり強いです。権利が守られます。

 この夫婦のケースでは、昭和33年に結婚し、その後、長男が生まれました。
 ですが、姑との関係もあって妻は家を出て別居を始めました。昭和41年頃から、夫は内縁の妻と同居し始め、この内縁の妻は夫の母の面倒もみて、夫が会社倒産、失業の間にも家族を支えて、実質的な夫婦として生活してきました。また、彼女の間に子供も生まれました。
 そこで妻は、夫に婚姻費用分担の審判申し立てをしたのです。

 原審では、夫に毎月8万円の支払いを命じました。
 夫は抗告し、内縁の妻のほうが実質的な妻なのに、彼女の生活費を婚姻費用分担の計算の際に考慮していないと主張しました。

 これについて、東京高裁は次のように判決しました。

「およそ婚姻関係が継続している以上、夫婦双方の可処分所得は、未成年の子などの扶養すべき親族の生活を含めた相互の生活の維持のために必要とされる程度に応じてこれを分配することを原則とすべきであり、夫婦の一方が異性と同棲している場合に、その扶養に要する費用は、特段の事情のない限り右分配にあたって考慮すべきではない。そうして、本件において、夫婦関係が夫の責めに帰すべからざる事由によって完全に破綻したのちに夫と内縁の妻との同棲関係が生じたなど、前記原則によらない取り扱いを相当とするような特段の事情が存するとは認められないから、所論は理由がない」

 長くてわかりにくい文章ですが……

  • 婚姻関係が継続しているなら、婚姻費用の分担は発生する
  • 特別な理由がない限り、夫が内縁の妻と同棲していても、そのための費用は婚姻費用分担に影響しない
  • 婚姻が完全に破綻してから同棲関係が生じたなら別だが、今回はそうではないので、理由としない

 ということです。
 もし夫が勝手に他所の女性と同棲を始めても、それを理由に生活費の送金を減額する権利はありません。

借金よりも妻子の生活費が優先する

 では、夫に借金があった場合はどうでしょうか。

 この夫婦は昭和61年に結婚し、平成元年には長男、3年には次男、6年には三男が生まれました。ですが、平成7年に夫の不倫が原因で、別居に至りました。
 別居後、妻は実家の両親のもとに身を寄せていましたが、8年からアパートで長男、三男と生活し、病院の看護助手として働くことになりました。手取り収入は毎月6~7万円でした。
 これでは生活が苦しいので、妻は夫に対して、毎月8万円の婚姻費用分担金の支払いを請求しました。

 一方夫は、両親と次男と同居していました。問題は借金で、十箇所から借入金を抱えていて、月額26万円もの返済をしています。また、同居している母からも借金していて、こちらにも返済しています。

 ……さすがにこれはひどいですね。女癖も悪ければ、金銭感覚もおかしいとは、もはや地雷といっていいのではないでしょうか。
 こういうケースを見聞きすると、なんというか、私、蓮沼は離婚のお手伝いをするより、結婚前の審査を仕事にしたほうがいいんじゃないかと思ってしまうのですが……

 原審では、夫のやむを得ない必要的支出が収入を超えていると判断しました。
 計算によると、夫の収入は月額31万3360円、収入は月額31万1414円となり、完全に家計は破綻しています。
 なので、妻に婚姻費用を払う能力なしとして、請求を棄却しました。

 ですが、東京高裁は原審を取り消して、月額8万円の婚姻費用分担を認めました。

「夫が同居している母に返済している月額8万円やカードローン及びサラ金の返済金が、婚姻費用に先んじて支払うべきことが相当な負債であるとの点については、夫の陳述書によってもこれを認めるに足りず、これを認定するに足りる客観的な証拠がないから、特別経費とすることはできない

「夫は多額の負債を抱えているが、妻の生活状況は夫と比較しても極めて厳しく、要扶養状態にあることは明らかである。したがって、夫は負債の返済を理由に婚姻費用の分担義務を免れることはできないというべきで、夫の母に対する夫の債務を妻が保証している事実をもってしてもこれを左右するものではない。しかも、夫の不貞が別居の原因であることからすると、夫の婚姻費用分担の責任は重く、収入の増加や負債の返済方法を変更する等の努力をしても、婚姻費用を捻出すべきである」

 婚姻費用の義務は非常に重いので、カードローンなどの借金の返済を特別経費として、可処分所得から控除することは認められなかった判例です。
 これも妥当な判決といえるでしょう。裁判所は夫の自己管理能力のなさを鑑みて、また誠意に期待できないところもあって、こうした決定を下したのではないかと考えられます。

有責配偶者は、婚姻費用請求が通らない場合がある

 では、最後に女性の側が有責配偶者だった場合は、婚姻費用分担請求は通るのでしょうか。

 このケースでは、昭和37年に結婚し、38年には長女、42年には次女が生まれました。
 夫は昭和41年に課長に昇進しましたが、この頃から深酒して真夜中に帰宅するようになりました。昇進したのもあって、いわゆる「付き合い」が増えてしまったせいでしょうか。それとも、成功によって気が大きくなってしまったのでしょうか。
 しかし、これが妻の怒りを招きます。次女が生まれて二ヶ月、育児のストレスで限界になっていたのかもしれません。口論の末、妻は次女を連れて実家に帰ってしまいました。ですがこの時は、年末には妻は家に帰り、半年後には次女も帰宅しました。

 時代が時代です。夫は恐らく、激務に追われていたのでしょう。昭和45年には、夫はうつ病と診断され、医師から入院治療を勧められました。ですが、受け入れられるはずもありません。妻はこの時、二人の子供を連れて実家に帰り、その後、結局入院した夫の面会にも行きませんでした
 夫は妻に同居を求めましたが、妻はこれに応えませんでした。そのまま昭和54年まで、互いに連絡しない状態が続きました。

 昭和54年、妻は見合いをして、その年から男性と同棲を始めてしまいました。
 それで夫は、昭和56年に離婚調停申し立てをしました。ですが不調となったので、57年に離婚訴訟を提起しました。

 一方、妻はというと、夫の調停申し立てに先立って、55年に婚姻費用分担の申し立てをしていたのです。
 原審では、夫に婚姻費用の支払いを命じる判決が下りました。

 ですが抗告審では原審の一部を取り消して、二人の子供の監護費用分として、毎月4万円の婚姻費用の支払いを命じるのみにとどまりました。

「夫婦の一方が他方の意思に反して別居を強行し、その後同居の要請にも全く耳をかさず、かつみずから同居生活回復のための真摯な努力を全く行わず、そのために別居生活が継続し、しかも右別居をやむを得ないとするような事情が認められない場合には、前記各法条の趣旨に照らしても、少なくとも自分自身の生活費にあたる分についての婚姻費用分担請求は権利の濫用として許されず、ただ、同居の未成年の子の実質的監護費用を婚姻費用の分担として請求しうるにとどまるというべきである」

 妻が夫の意思に反して別居を強行し、しかも10年以上別居してから婚姻費用を分担させようとした点を重く見ているようです。
 妻が別の男性と同居し始めたことについて、これを有責とできるかどうかですが、既に家庭が破綻しているのであれば、それ自体が問題となることは少ないです。但し、そもそも破綻の原因も妻の別居で、入院中の夫への見舞いも一切せず、家に戻ってくるようにと連絡しても、七年間にわたって無視し続けたという実績が残ってしまっています。だから、新たな男性の存在をもって有責配偶者といえないとしても、やはり破綻の責任は妻に戻ってきてしまうのです。

 こういうことがあると、裁判官の心象は悪くなります。
 有利な判決を得たければ、悪者になるようなことはしてはいけないのです。

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