離婚の判例:外国の法とどう向き合うか

離婚の判例集

 日本人が外国で離婚判決を受けることもあります。
 それに伴い、養育費の支払いその他の命令が下されることもありますが、そうした出来事の後に日本に帰国した場合、どういうことになるでしょうか?

 先に結論を述べてしまうと、公序良俗に反しているか否か、これが判断基準になるようです。
 外国の裁判所の決定であっても、現実的な問題にどう対処しているかが考慮され、日本での判決に繋がっています。

外国での強制執行が日本でも認められる

 平成5年、アメリカ合衆国ミネソタ州在住の日本人女性が男児を出産しました。
 彼女には父親に心当たりがありました。それでミネソタ州地裁に男児の父親確認の訴えを提起しました。ですが、その男性は出頭しませんでした。それで本人不在のまま、裁判で男児の父親が彼であるとされ、男性に対して男児の養育費の支払いを命じる判決が下され、確定しました。
 判決の一部は、次の通りです。

「男性の現在の使用者、又は将来の使用者、又は他の基金の支払者は、その原因如何にかかわらず、男性の収入から天引きし、ミネソタ州ミネアポリス市《番地略》ヘネピン州サポート・アンド・コレクションサービスに、次のとおり、男性の支払期間及び義務に王子、分割して送金する。
 男児の養育費として、1993年10月1日から同人が18歳に達するまで、同人が中等学校に就学している場合は20歳まで、同人に肉体的精神的疾患があって自活できない場合にはその間(婚姻その他により法的に成人となったときはその時まで)、更に裁判所の決定があるときはこれに基づき、毎月1250ドル」

 女性は男性に対し、判決に基づいて養育費の給与を命じる部分について、強制執行の許可を求める訴訟を「日本で」起こしました。

 平成8年、東京地裁はこの訴えを却下しました。

「民事執行法24条、民事訴訟法200条により、外国判決の給付を命じた部分につき執行判決を求める訴えは、わが国において当該外国判決を承認しこれに基づく執行を可能とすることを目的とするものであるから、同条にいう外国裁判所の判決は、わが国の強制執行に親しむ具体的な給付請求権を表示してその給付を命じる内容を有する判決部分のみをさし、当該外国判決の給付を命じる部分が、わが国の強制執行にそぐわず、同部分につき執行を許可しても、そのままではわが国において強制執行をすることができないような内容を有する外国判決については、執行判決を求める利益がないのみならず、給付を命じる部分を承認し、執行を許可することもできないものというべきである」

 ですが、控訴審は原判決を取り消して、養育費支払義務について、女性が男性に対して強制執行することを許可しました。

「養育費支払についての給与天引制度は、アメリカ合衆国の前記法律によって認められたものであって、我が国には存在しない制度であるから、我が国においては、本件外国判決によって、判決の当事者ではない男性の使用者等に対し、差押え等を介することなく、男児の養育費を男性の給与から天引し、これを公的な集金機関に送金すべきことを命ずることができないのは明らかであるが、判決によって支払を命じられた養育費については、ミネソタ州法上、支払が30日間以上ないときには、支払請求権者が支払義務者に対し所定の通知をし、支払義務者が支払をするか、所定の手続きをとらない限り、執行することができるとされているのであって、本件外国判決のうち、男性の使用者等に対し、男性の給与の天引きとヘネピン州サポート・アンド・コレクションサービスへの送金を命ずる部分は、ミネソタ州において、男性に対し養育費の支払を命ずるものとして執行力を有しているというべきであるから、本件外国判決のうち養育費の支払を命ずる部分の執行力を、我が国においても外国裁判所の判決の効力として認めることができるものである」

 このように、一審ではこの外国判決は日本の強制執行にそぐわないとして却下したのに対し、控訴審では父に養育費の支払いを命じる判決として、執行を許可しています。
 別に難しい話でもなんでもなく、父親だから養育費を支払うべき、ただそれだけの話です。

外国の公序良俗と、日本の公序良俗、そして現実

 一方、逆にアメリカの判決を日本の裁判所が受け入れなかった事例もあります。

 1982年7月、アメリカ人男性と日本人女性が、テキサス州の法令に従って結婚しました。その二ヵ月後、長女ナオミが誕生しました。
 二人はテキサス州に居住していましたが、1984年5月、テキサス州地方裁判所の離婚判決によって離婚しました。

 判決の定めるところでは、妻を長女の単独支配保護者(Sole Managing Conservator)、即ち保護親(Custodial Parent)とし、夫を、夏休みなどの一定期間だけ長女をその保護下に置くことのできる一時占有保護者(Possessory Conservator)としました。
 また、裁判所の許可なく州外に子供を移動させてはいけないともされました。

 妻は、裁判所の制限付きの許可を得て、1989年5月に、長女を連れて日本に転居しました。
 これをチャンスをみたのでしょうか。夫はすかさず訴えを起こします。9月、長女の親子関係に関する訴えを提起して、11月に判決を得ました。
 長女の単独支配保護者を妻から夫に、一時占有保護者を夫から妻にそれぞれ変更して、特定の期間を除いて長女を夫に引き渡すこと、及び養育費を支払うことなどが決まりました。
 この判決を引っさげて、夫は長女の引渡しを命じる部分の強制執行の許可を求めたのです。

 東京地裁は、アメリカ人夫の請求を認容しました。
 この外国判決は、民事訴訟法200条及び民事執行法24条1項、3項所定の外国裁判所の判決に該当し、民事訴訟法200条の各号の要件を満たしているとしたのです。

 しかし、控訴審でこれに待ったがかかりました。

「民事訴訟法200条3号の要件が充足されているか否かを判断するに当たっては、当該外国判決の主文のみならず、それが導かれる基礎となった認定事実をも考慮することができるが、更に、少なくとも外国においてされた非訟事件の裁判について執行判決をするか否かを判断する場合には、右裁判の後に生じた事情をも考慮することができると解するのが相当である。外国裁判が公序良俗に反するか否かの調査は、外国裁判の法的当否を審査するのではなく、これを承認、執行することがわが国で認められるか否かを判断するのであるから、その判断の基準時は、わが国の裁判所が外国裁判の承認、執行について判断をする時と解すべきだからである」

 難しい言い回しですが、要するに、外国の法が外国の裁判所で正しく適用されているかどうかについては、日本の裁判所が審査することではない……しかし、この判決を受けて執行するということが、果たして日本において認められていいことかどうかは、日本の裁判所が判断する、ということです。

 例えば、ものすごく極端な例を考えてみましょう。
 東南アジアのブルネイでは、シャリーア(イスラム法)が適用されています。これによると、不倫や同性愛については「石打ち」による処刑が相当とされます。文字通り、群衆が石を投げつけて、犯人を殺害するのです。
 しかもこの法律、現地人でない外国人旅行者にも適用されます。当然ですね。ブルネイは独立国で、主権があります。領内では自由に法律を定めることができるのです。外国人といえども、入国したということは、そこの法律に従うという前提があるのですから。
 なので、もしブルネイに入国した日本人男性が、ブルネイの男性相手に同性愛行為に及び、それが目撃されるなどして証拠が固まれば、やはり投石によって処刑されます。

 しかし、ブルネイで現地の男性と同意の上で性行為に至った日本人男性が、帰国後に事実が明らかになったとしたら、どうでしょうか。
 当然、ブルネイに戻れば「石打ち」です。しかし、この刑罰を日本で執行することが許されるでしょうか? 或いは、石打ちの刑に処されることを承知で、ブルネイの当局に彼を引き渡すべきでしょうか?
 日本の道徳に照らせば、同性愛は、少なくとも特別素晴らしい行為ではないにせよ、そこまで非難されるべきものでもないはずです。

 裁判所が判断するのはここで、ブルネイで死刑判決が出たから日本でも自動的に死刑、とはならないということです。
 しかし、もしこの男性が、ブルネイで何人も殺害して日本に逃げ帰ってきたのだとすれば、裁判所はブルネイの死刑判決を是認するでしょう。しかし、その承認にしても、あくまで日本の公序良俗に則って考えた上での判断なのです。

「右の事実によれば、本件外国判決は、ナオミが日本で生活するようになった場合には、ナオミの聴覚障害、日本における少数者に対する偏見・差別、激しい受験戦争等の事情から、アメリカ合衆国において生活するよりも適応が困難になるので、アメリカ合衆国で生活させる方がよりナオミの福祉に適うとの理由により、ナオミの単独支配保護者を妻から夫に変更し、それに伴って、妻に対し、夫へのナオミの引渡及び扶養料の支払等を命じたものであり、他には右の変更を基礎付ける事由はないものと推認されるところ、ナオミがに本位居住してから既に4年余りを経過しており、同人は、最初のうちは、日本語が理解できず苦労をしたが、小学5年生の現在では、言語の障害もかなり少なくなり、明るく通学しており、かえって、現在では英語の会話や読み書きができない状態にあるのであるから、いま再び同人をしてアメリカ合衆国において生活させることは、同人に対し、言葉の通じないアメリカ合衆国において、言葉の通じない支配保護者のもとで生活することを強いることになることが明らかである。ナオミが幼児であるならばいざ知らず、本件口頭弁論終結時において、間もなく11歳になろうとしているのであるから、このようなナオミを、現時点において、右のような保護状況に置くことは、同人の福祉に適うものでないばかりでなく、かえって、同人の福祉にとって有害であることが明らかであるというべきである。したがって、ナオミの単独支配保護者を妻から夫に変更した本件外国判決を承認し、これを前提とした本件外国判決中の給付を命ずる部分を執行することは、ナオミの福祉に反する結果をもたらすもので公序良俗に反するというべきである。
 以上のとおりであるから、本件外国判決は、全体として民事訴訟法200条3号の要件を欠くというべきである」

 この判決が下った時点で、既に平成5年、1993年ですから、4年が経過しています。
 子供にとっての4年は長いです。アメリカのことはうっすらと記憶の彼方で、今ではすっかり日本に馴染んでいる状態。それをまた、無理やりアメリカで生活させるというのは、あまり現実的な話ではありません。
 つまり「公序良俗」によって判断する、というだけです。

 こうなってくると、法の話というより、常識の話に近いものだとわかってくるかと思います。
 ただ、そうはいっても外国の法律を完全に無視するわけではないので、もしもこうした問題を抱えてしまったとしたら、やはり専門家の助力が不可欠でしょう。

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