離婚の判例:母性優先の原理と、その限界

離婚の判例集

 親権者の決定には、母性優先の原理があります。
 と同時に、継続性・現状尊重の原理もあり、どちらがより重視されるべきかについては、意見が分かれることがしばしばです。

 つまるところ、理屈だけでは片付かないのが本当のところでしょう。何が何でも我が子を守る人であれば、父親でも母親でもどちらでもいいのですが、裁判を起こした当事者達について、裁判所はその場で資料だけを頼りに人柄や能力を判断しなくてはなりません。
 こうしたことから、親権を巡る判例の内容には、しばしばブレが散見されるのですが、それゆえに母性優先が必ずしも適用されるとは限らないともいえます。

 案外、裁判所は現実的な判断を下します。
 以下、実例を見てみましょう。

人工授精子の親権

 平成2年に結婚した夫婦ですが、夫は無精子症でした。そのため、第三者からの精子の提供を受けて妻は人工授精し、平成6年に長男が生まれました。
 妻は平成8年に実家に帰って夫と別居しました。長男の養育については、妻と夫が合意して、一週間のうち金曜日の夜から日曜日の夜までを妻の家で、それ以外は夫の家でそれぞれ養育することにしました。
 夫と妻は、平成9年に調停離婚するとともに、親権者をいずれにするかを審判で定めることとしました。

 原審では、夫を親権者と指定しました。

「親権者の適格性については当事者双方に優劣をつけがたいものの、長男に自我意識が出始めている現在においては、夫宅での生活を本拠にしている様子が認められ、現段階における養育者としての親権者を考慮すると、夫宅での生活を継続させることが長男の心身の安定に寄与することになるものと思われることから、夫を親権者と指定することが相当であると認められる。なお、一般的に、乳幼児期においては「母親」との安定した関係が必要不可欠であることは精神医学の研究からも明らかであり、本件の場合、長男は、母親への甘えや依存など母親との情緒的つながりを求めており、実際、週末ごとに母子の良好で暖かい関係が保たれていることが認められる。しかしながら、「母親」というのは、必ずしも「生物学的な母親」を指すのではなく、「母性的な関わりを持つ対象となった養育者」といった広い意味もあり、本件記録によれば、夫は、長男が乳児のころから、そして現在の平日においても、長男と過ごす時間をできるだけ大切にし、母性的なかかわりの代理に努力してきていることが認められ、したがって、一般論としては、子供は母親を求め、母親により馴染むことは確かであるが、本件においては、一概に「母親」であるということを理由には判断しかねる面がある」

 母性優先の原理といっても、何もそれは物理的に母親である必要はないとする見解です。
 特に最近、母親優先の原理に対する疑問が呈示されるようになってきていて、この原審の判示も、それに沿ったものということができます。

 しかし、抗告審ではこれが取り消されました。

「夫の同意を得て人工授精が行われた場合には、人工授精子は嫡出推定の及ぶ嫡出子であると解すのが相当である」
「人工授精子の親権者を定めるについては、未成年者が人工授精子であることを考慮する必要があると解される。夫と未成年者との間に自然的血縁関係がないことは否定することができない事実であり、このことが場合によっては子の福祉に何らかの影響を与えることがありうると考えられるからである。
 ただし、当然に母が親権者に指定されるべきであるとまではいうことはできず、未成年者が人工授精子であるということは、考慮すべき事情の一つであって、基本的には子の福祉の観点から、監護意思、監護能力、監護補助者の有無やその状況、監護の継続性等、他の事情も総合的に考慮、検討して、あくまでも子の福祉にかなうように親権者を決すべきものである」
「一般的に、乳幼児の場合には、特段の事情がない限り、母親の細やかな愛情が注がれ、行き届いた配慮が加えられることが父親によるそれにもまして必要であることは明らかである。本件未成年者も、年齢的にはそのような母親の愛情と配慮が必要不可欠な段階であると考えられる。
 そして、妻がこのような愛情と配慮に欠けるところはないことは、本件記録によって明らかである。
 ところで、現審判は、「母親」というのは、「生物的な母親」を指すのではなく、「母性的な関わりをもつ対象となった養育者」といった広い意味もあり、夫は、未成年者との母性的な関わりの代理に努力してきている、と述べている。一般的には、母親に代わる存在と適切な関係が築かれていれば、養育者が絶対的に実母である必要はないといえるであろうが、未成年者の年齢からすれば、夫が母親の役割を担うことには限界があるといわざるをえない。なお、本件記録によれば、夫の母親はそのような役割を十分に果たしているとは認められない

 人工授精で生まれた子供で、実際に血縁関係がないことを、子供にとってのリスクであると判断しています。
 母性優先の原理は要素の一つとしながらも、これは無視できない重要な部分と考えていることもわかります。夫の母がその役割を果たしているかといえばそうではない……どうもこのあたりと、血縁関係がないことのリスクとが、併せて考えられているのではないかと思わなくもありません。
 夫からすれば、自分が無精子症である以上、生物学的に父親になることはできません。しかし、その子供は自分の子として生まれてきたのだから、と監護する意思をもっているようなのですが、そのまた母親からすればどうでしょうか。それは息子の子ではないのです。だから「役割を十分に果たしているとは認められない」などと判断されてしまったのでしょう。

 しかし、一審では父親の側に親権が認められました。
 明らかに差があるというよりは、ごく微妙な差で決着がついたとみたほうがいいでしょう。

ネグレクトが悪材料となった母親

 別の判例も見てみましょう。
 今度は、父が監護者と指定されたケースです。

 平成19年に結婚し、その年の内に長女、22年に長男が生まれた家庭です。
 平成25年に妻は子供を連れて実家に帰り、夫と別居しました。それで夫は妻に対し、子供達の監護者指定及び引渡しを求める申し立てをしました。

 福岡家裁は、次のように述べて、夫の申し立てを何れも認容しました。

「妻は、別居時までは、未成年者らの主たる監護者であり、特段の問題がなく監護を行っていたものではあるが、別居後は、約半年以上にわたり、未成年者らの監護を妻家族に任せて、自らはほとんど関わっていない状態にあり、監護意欲が著しく低下しているものと認められる。そして、妻家族はそれぞれの可能な範囲で、部分毎に未成年者らの監護に関わっているものの、未成年者らの生活全体を通してその世話や躾をしている者はなく、そのため、未成年者らは、規則正しい生活を送り、年齢に応じた適切な指導や知的な刺激を受けることが、心身の健全な発育上重要な年齢であるにも関わらず、起床・就寝時間や食事時間が遅く、菓子で食事を代替する等の不規則な生活を送り、これを是正するための躾を受けることもなく、日中も監護者に構われることもなく、ほとんど未成年者ら2人のみでテレビやゲームで遊ぶという生活が日常化しているのであり、そのような監護状況が未成年者らの発育上好ましくないことは明らかである。そして、長女は、平成26年×月以降小学校に入学すべきところ、妻はその手続をしておらず、妻の現在の精神状態に照らして、今後も妻の監護下にあった場合には、同手続がされる見込みは認められない。
 これに対し、夫は、現在も、週5日フルタイム勤務をしているものおん、保育園や小学校及び学童保育等の今後の未成年者らの平日の滞在先を確保する手続を済ませ、自らの勤務時間、休日、勤務内容等も未成年者らの登園・帰宅時間や休日に合うように調整するなどして、適切な監護態勢を具体的に整えており、その監護意欲も強いものと認められる。また、夫は、別居後も未成年者らとの面会交流を継続し、両者の関係は良好であり、長女は、小学校への入学を楽しみにし、夫との同居に積極的な意向を示している。なお、夫は、妻との同居時の主たる監護者ではなかったものの、未成年者らの食事を準備するなどして、休日等にはその監護に関わっていたものであるところ、その監護内容に問題とすべき点があったことをうかがわせる事情はなく、夫の自宅の現状をみても、その現在の家事の遂行状況に特段の問題はうかがわれない。
 以上の夫と妻の監護意欲、監護態勢その他の事情を比較すれば、妻の監護状況は適切ではなく、夫の監護意欲及び監護態勢の方が優っているというべきであり、夫を未成年者らの監護者として指定することが未成年者の利益に最も適うものと認められる。
 そして、妻が未成年者らを監護中であり、妻自身は、当庁家庭裁判所調査官に対し、夫が未成年者らを養育できるはずがないと述べ、その引渡しを拒否するような態度を示していることに鑑みれば、妻に対し、未成年者らを夫に対して引き渡すよう命じるのが相当である」

 この判示をざっと読めば、納得するしかないでしょう。
 このように、監護の実態として、形ある努力がなされていない場合には、いくら母親といえども、親権は認められないのです。

 私、蓮沼の個人的な知り合いでも、似たようなケースがありました。

「子供の面倒が見るのが大変で、スマホで動画見せとこうと思うんだけど、安いのない?」

 こんな相談をされたのですが、さすがに私としては、素直に「これ買えば」とは言えません。母親から受ける刺激を減らして、ノイズのようなオンライン動画を、まだ幼い彼女の娘に見せ続けることには、賛同できなかったからです。
 かといって、一人で収入も世話も……というのは大変です。だからこそ、離婚は準備と計画が大切なのです。

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