離婚の判例:財産分与と詐害行為

離婚の判例集

 離婚というと、どうしてもネガティブなイメージがありますが、必ずしもそうでもない場合もあります。夫婦が互いの利益を図るために、計算尽くで別れるのです。
 わかりやすい例でいうと、たとえば保育園の審査です。両親が揃っている家庭より、シングルマザーの方が審査が通りやすいので、わざと直前に離婚したりしますよね。近頃は育児も計算されつくしていて、生まれる月は四月になるようタイミングを狙い、保育園に入るために離婚して、万事スムーズにいくように考えてやるのが普通になっています。

 そうした夫婦の生存戦略の一つとして、「尻尾切り」というものがあります。
 夫が事業に失敗した場合、多額の借金を背負うわけですが、何も対策せずに漫然と結果を待ち受けていると、妻子までがその悲惨な未来に巻き込まれてしまいます。そこで夫は離婚して、一人で泥をかぶるというわけです。

 しかし、これは債権者からすると、たまったものではありません。

「お前、財産隠しのために離婚しやがったな?」

 という話になってしまうのです。
 これは「詐害行為」といわれていて、要は返済すべき債務があるのに、それを優先せずに、資産を他に譲り渡してしまうことをいいます。

詐害行為があると認定されたケース

 昭和45年に結婚し、三人の子供がいる家庭のケースです。夫は相続によって土地を取得し、昭和53年に建物を新築しました。
 夫は昭和51年から平成14年までの26年間にわたって会社に勤務してきました。ですが、勤め先の会社が倒産しそうになり、債権者が自分に保証責任を追及してくるだろうと考えて、不動産を妻に譲って離婚することを思いつきました。
 平成14年2月8日に協議離婚し、不動産を財産分与として妻に所有権移転登記手続をしました。こうすれば取られずに済む、と考えたのでしょう。

 会社は2月12日に破産申し立てをして、3月4日に破産宣告を受けました。
 勤務先のグループ会社の信用金庫からの借り入れについて保証していた人がいました。そして夫は、そのグループ会社のその人に対する債務について、連帯保証していたのです。
 その人は、夫に対しては求償金である約967万円の支払いを請求し、妻に対しては、財産分与の通謀虚偽表示ないし詐害行為を理由として、不動産についての登記の抹消登記手続等を求めました。

 一審では、妻への請求は棄却されました。

「協議離婚においては、当事者間に離婚の合意が真実成立していればたりるのであって、合意が成立した理由がなんであるかを問わないのであるから、財産分与の必要性が協議離婚の原因となっているからといって、そのことだけで、本件届出が離婚意思に基づくものであったとの上記認定を左右することにはならない」

 実際に協議離婚している以上、これによってなされた財産分与は通謀虚偽表示と認める特段の事情はないとしたのです。
 また、財産分与が不相当に過大で、財産分与に仮託してなされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情があるということはできないとして、詐害行為にはあたらないと判断されたのです。

 しかし、控訴審では、一審判決の一部が変更されました。

「本件土地は夫の特有財産であり、夫婦がその協力によって得た財産とはいえないが、本件建物は、実質上、夫婦の共同財産であるといえる。
 夫が本件不動産を維持するに当たって妻の貢献を考慮すると、財産分与としては、本件建物の共有持分の2分の1ないしはそれに相当する金員を分与するのが適当であって、本件財産分与のうちこれを上回る部分については、民法七六八条三項の規定の趣旨に反して不相当に過大であるといわざるを得ず、財産分与に仮託してされた財産処分であると認めるに足りる特段の事情がある

 つまり、土地と建物を夫は妻に「財産分与」として譲って離婚したのですが、それは明らかに正当な分与の量を超えているのではないか、と。土地は夫の特有財産でしたし、家については持分が半分あるとしても、妻はこの家と土地、両方を丸ごと譲られているのです。
 そこで大阪高裁は、財産分与のうち、過大な部分のみを詐害行為であるとして取り消しました。但し、土地も建物も、要は自宅で、部分的に切り分けて差し出すことはできないので、妻に405万円の価格賠償を命じることになりました。

詐害行為とされなかったケース

 ただ、この手の判断はあくまで「不適当に過大」な財産分与がされていた場合に限られます。
 仮に分与者が債務超過で、分与財産がほぼ唯一の財産であった場合でも、不相当に過大な分与で、財産処分であると認められるものでなければ、詐害行為にはあたらないとされるのです。

 昭和22年に結婚し、二男三女をもうけた夫婦のケースです。
 夫は昭和31年から、父所有の建物でクリーニング業を営みました。きっとうまくいっていたのでしょう。夫は調子にのっていたのか昭和37年頃から女性と交際して子供まで産ませています。
 昭和49年からは本業は妻に任せて、自分は不動産業、金融業をはじめるようになりました。ですが、なじみのない仕事に手を広げると、ろくなことがありません。
 私、蓮沼も似たような人を見たことがありますが、とにかく自信過剰でちょっと物事がうまくいきだすと、欲望に歯止めがかからなくなってしまったりするんですよね。そして、大失敗をする、と……

 昭和49年9月に、信用組合と信用組合取引契約を結んで、手形貸付、手形割引等を受けていましたが、昭和51年10月に、手形の不渡りを出してしまい、倒産してしまいました。なんと信用組合は、夫に対して1億2442万円もの手形元本債権を有していたのです。

 夫婦は、この件について話し合いました。
 妻が家業であるクリーニング屋を続けることで子供たちの面倒を見ることにして、夫は不動産を妻に代物弁済の形で財産分与して離婚しました。
 クリーニング屋は儲かっていたようで、昭和35年には夫の父から土地を買い取り、また別の土地も昭和43年頃、クリーニング屋の利益で購入していました。これらが妻の手に渡ったのです。

 信用組合は、妻に対して、この土地の代物弁済契約は詐害行為であるとして、取消を求める訴訟を提起しました。
 ですが、一審、控訴審、そして上告審に至るまで、一貫して訴えを棄却しました。

「離婚における財産分与は、夫婦が婚姻中に有していた実質上の共同財産を清算分配するとともに、離婚後における相手方の生活の維持に資することにあるが、分与者の有責行為によって離婚をやむなくされたことに対する精神的損害を賠償するための給付の要素をも含めて分与することを妨げられないものというべきであるところ、財産分与の額及び方法を定めるについては、当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮すべきであることは民法七六八条三項の規定上明らかであり、このことは、裁判上の財産分与であると協議上のそれであるとによって、なんら異なる趣旨のものではないと解される。したがって、分与者が、離婚の際既に債務超過の状態にあることあるいはある財産を分与すれば無資力になるということも考慮すべき右事情のひとつにほかならず、分与者が負担する債務額及びそれが共同財産の形成にどの程度寄与しているかどうかも含めて財産分与の額及び方法を定めることができるものと解すべきであるから、分与者が債務超過であるという一事によって相手方に対する財産分与をすべて否定するのは相当でなく、相手方は、右のような場合であってもなお、相当な財産分与を受けることを妨げられないものと解すべきである。そうであるとするならば、分与者が既に債務超過の状態にあって当該財産分与によって一般債権者に対する共同担保を減少させる結果になるとしても、それが民法七六八条三項の規定の趣旨に反して不相当に過大であり、財産分与の仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情のない限り、詐害行為として、債権者による取消の対象となりえないものと解するのが相当である」

 これらの土地を購入するお金は、クリーニング店の利益から出たものです。
 そしてその本業の経営に寄与していたのは妻で、夫は事業をまかせきりにしていたので、これらの持分について元々妻の方が多く持っていると解釈できます。かつ、夫は不貞行為を働いていて、それについての慰謝料の分もあります。
 更に、妻の今の仕事と生活は、これらのクリーニング店と自宅に支えられていて、これを取り上げられたら生計をたてる方法がなくなってしまいます。

 こうした事情から、このクリーニング店の土地が唯一の財産であるにせよ、夫の離婚における分与として過大であるとはいえないので、詐害行為ではないとしたのです。
 この最高裁の判断が、離婚時の財産分与における詐害行為の、一つの基準となっています。

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