離婚の判例:不倫の慰謝料は安い

離婚の判例集

 慰謝料は、身体的に障害が残ったり、仕事にいけなくなったりといった物質的な損害がない場合、数百万円を越えることは稀です。相場としては、だいたい50~300万円程度です。
 しかも不貞行為による慰謝料では、離婚に至らない場合、更に低額になる傾向があります。

修羅場の果てに

 妻は勤務していたデパートの同僚であった夫と、平成元年に婚姻しました。
 その後は専業主婦となり、平成元年中に長男、平成3年に次男が生まれました。

 ですが、次男が生まれる頃、夫は職場の部下だった女性と仕事上の助言を繰り返すうち、親密な関係となり、肉体関係を持ちました。
 夫は、平成4年2月、女性との関係を続けていることを妻に責められ、女性との関係を断つ旨の念書を書きました。妻は、女性と夫の不倫関係を解消させるため、弁護士に相談して、女性に対して500万円の慰謝料の支払いを請求する内容証明郵便を送付しました。
 これに驚いた女性は、勤務先の店長などの立会いの下で、妻に対して謝罪をし、夫との交際を絶つことを記した誓約書を書きました。更に女性は、翌月にはデパートを辞職し、岩手県の実家に帰りました。
 まさに「ザ・修羅場」ですね。

 結婚、離婚以前に、私、蓮沼としては、とにかく誠実な男性だけを選ぶことが大事だと思っています。その代償がどれだけ大きいか、これだけ実例があるのに、トラブルは後を絶ちません。

 ともあれ、これで妻は勝利したわけですが、恨みつらみは消えないものです。
 すべて謝罪して、仕事までなくした相手に、それでも500万円の慰謝料を請求して、訴訟を起こしたのです。

 東京地裁は、次のように判決を下しました。

「女性は妻と夫が婚姻関係にあることを知りながら夫と情交関係にあったもので、右不貞行為を契機として妻と夫との婚姻関係が破綻の危機に瀕し妻が深刻な苦悩に陥ったことに照らせば、妻がこれによって被った精神的損害については不法行為責任を負うべきもである。しかしながら、婚姻関係の平穏は第一次的には配偶者相互間の守操義務、協力義務によって維持されるべきものであり、不貞あるいは婚姻破綻についての主たる責任は不貞を働いた配偶者にあるというべきであって、不貞の相手方において自己の優越的地位や不貞配偶者の弱点を利用するなど悪質な手段を用いて不貞配偶者の意思決定を拘束したような特別の事情が存在する場合を除き、不貞の相手方の責任は副次的というべきである」

 女性の上司だった夫が不倫関係を主導していたこと、夫がこうした行動をとったことについては夫の性格や行動に由来していて、つまりは夫婦間の性格や価値観の相違、生活上の感情の行き違いなどが無関係であったといえるかどうかは疑問であること、妻が本来、第一次的に責任をもつはずの夫を責めていないこと、また妻は結果として家庭を破綻させずに済んだこと、不倫相手を追い払うのに成功していること、不倫相手の女性は退職して実家に帰ることで既に社会的制裁を受けていること……

 などなどを考慮して、慰謝料の額は50万円となったのです。

どうして浮気の慰謝料は、こんなにも安いのか

 そもそも、不貞行為の慰謝料とは何か、ということです。
 夫婦の一方の配偶者と肉体関係をもった第三者は、故意又は過失がある限り、他方の配偶者の夫又は妻としての権利を侵害し、その行為は違法性を帯び、他方配偶者の被った精神上の苦痛を慰謝すべき義務があるとするのが裁判所の考え方です。
 そしてこの第三者による不法行為責任は、その肉体関係が第三者が配偶者を誘惑したことによるか、自然の愛情によって生じたかを問わないと解されています。

 具体的な例で言うと……

「オレ? 独身だよ。ほら、これが俺のマンション。一人暮らしだろ? ああ、ネコとは同棲してるけどね」

 というように、誤情報を掴まされて独身だと思い込み、それとは知らずに不倫関係に陥った場合には、他方の配偶者、この場合は妻の権利を侵害したことにはなりません。
 逆に、既婚者であると知りながら関係をもったとすれば、それは相手から誘われた場合でも、自分から望んだ場合でも、同じく責任から逃れられないということです。

 しかし、この不貞行為は、どんな「被害」をもたらすというのでしょうか?
 不法行為の被侵害利益は、判例によれば「夫婦としての実体を有する婚姻共同生活の平和の維持」とされています。
 外部の人間が、夫婦の生活を破綻させること、それが不倫によって生じる不利益だというのです。「なんでウチの人がヨソの女と!」と奥さんが怒り狂い、夫と喧嘩になること、これが被害ということです。

 そのように考えると、不貞行為の慰謝料発生の時効が「不貞行為の事実を知った直後から進行する」というのも道理ではあります。不貞行為があっても、妻が訴え出ないということは、夫婦生活の破綻に至らなかった、状況を追認していたということなのですから。
 夫婦生活破綻後の不貞行為が問題とならないのも、これが理由です。「婚姻共同生活の平和」は既に失われているから、発生する不利益もないのです。
 そしてまた、不貞行為の慰謝料が、離婚に至らなかった場合には安くなるという傾向も、これも「危機をもたらしたが、破綻は回避された」と解釈されるからでしょう。

 不貞行為は、感情的にいえば、あなたの女性としての価値を否定し、自尊心を失わせる重大な裏切り行為です。
 しかし法律上では、あなたの気持ちにかなうほどの取り扱いはされていないということです。

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