離婚の判例:子供の連れ去り

離婚の判例集

 離婚になりそうだ、ということは、当事者ならなんとなくわかります。
 ましてや、妻が別居を選んだなら、夫はいやでも理解します。このままでは離婚になる……そして、子供とも自由に会えなくなるかもしれない。

 子供に愛着を抱かず、養育費の支払いもしなくなるような男は論外ですし、また子供を人質に使って妻を支配しようとするようなのもろくでもないですが、ちゃんと子供に愛情を持っている夫であっても、それはそれで厄介なものです。
 この手の男は、別の方法で子供にアクセスしようとします。つまり……「連れ去り」です。

 しかし、婚姻が破綻する前であれば、親が子供を連れてあちこち自由に移動するのも当然のことなので、いちいち問題とはなりませんが、別居や離婚が起きてからは、やってはいけないこととされています。
 子供の利益を考えれば明らかですが、それまで通っていた保育園なり、小学校なりから、いきなり予告もなく引き離されて、一方の親元で暮らさなくてはいけないのです。離婚自体、子供の利益を無視した身勝手な親の選択ではありますが、それに子供を巻き込むのは、せめて最小限にすべきではないでしょうか。

先に連れ去った妻はいいが、後から連れ去った夫はダメ

 平成5年に結婚した夫婦のケースです。
 平成7年に夫の実家が改築され、以後、夫婦は夫の両親と同居するようになりました。姑と嫁……戦争になりそうな気配が、既にして漂っていますね。

 平成10年には長男を出産しました。それから一年間、妻は育児休暇を取得し、その後9ヶ月間は妹に長男の養育を任せました。
 もうこの時点で、相当怪しい感じがします。判例には家庭内の詳細な雰囲気についての記述などないのですが、蓮沼の個人的な経験や伝え聞いた話から判断しても、出産と育児は、夫婦の愛を深めるというより、むしろ対立の原因になることのが多いのです。それに、夫の実家とうまくいっているのなら、わざわざ妹に頼らなくても、すぐ目の前にいる姑に助けてもらえばいいはずです。それをしていないということは、もう関係悪化は始まっていたのかもしれません。

 長男が2歳になってから、保育園に預けるようになりました。妻は職場に復帰して働き始めました。
 平成16年に妻は、息子を実家に連れていき、そこから夫と別居を始めました。

 夫はこの時点で離婚するつもりはなかったようです。夫婦関係円満調停の申し立てをして息子の監護者を自分に指定することを求める審判、それと審判前の保全処分の申し立てをしました。
 これが順調にいきそうであったなら、この後の事件はなかったかもしれません。

 平成16年12月20日、息子が妻の実母とともに通園バスを待っていたところを、夫が両親とともに車で待ち伏せして、夫が息子を強引に抱えて、車に乗せて奪い取っていったのです。
 夫はそれ以降、夫の自宅で両親の協力のもとに息子を養育して、地元の保育園に通園させ、翌年4月に地元の小学校に入学させました。

 妻は、夫が息子を奪い取ったその日に、長男の監護者を妻と指定することを求める審判、及び審判前の保全処分の申し立てをして、17年2月に離婚を求める調停申し立てをしました。

 こじれにこじれている感じですが、最大の被害者は、きっと息子本人でしょう。
 とにかく、両親が親権を争いながら離婚することになりました。

ブレる裁判所

 東京家裁は、監護者を夫と定めました
 原審では、妻が職業を有しているから、その勤務の都合上、日常的に長男に対し母性を発揮できる状況にないと判示しています。
 かつ、原審では妻が審問の際「事件本人(長男)が生まれたのは、脅されて関係を持ったからです」と供述していることを挙げて、妻が果たして長男に対し母性を発揮することができるか疑わしいとも判断しています。

 ですが抗告審は原審を取り消して、長男の監護者を妻と定めました。

「事件本人は現在7歳とまだ幼少の年齢であり、出生以来主に実母である妻によって監護養育されてきたものであって、本件別居により妻の実家に移ったが、夫らによる事件本人の本件奪取時までの妻側の事件本人に対する監護養育状況に特に問題があったことをうかがわせる証拠はない」

 母親が働いているから親の役目を果たせないなら、同じく働いている夫にも同じく役目を果たす能力はないことになります。
 また、長男が生まれたのが強制された性交渉の結果であるとの妻自身のコメントは、夫憎しで出た発言というだけで、現実に長男が不利益を被っているわけではないので、「母性を発揮できるか疑わしい」という見解には合理性がない、という判断となりました。

 更に、夫にとっては追撃になる判示が続きます。

「ところが、その後にされた夫及び同人の実父母による事件本人の実力による奪取行為は、調停委員等からの事件の警告に反して周到な計画の下に行われた極めて違法性の高い行為であるといわざるを得ず、この実行行為により事件本人に強い衝撃を与え、同人の心に傷をもたらしたものであることは推認するに難くない。夫は、前記奪取行為に出た理由について、妻が事件本人との面会を求める夫の申し出を拒否し続け、面会を実現する見込みの立たない状況の下でいわば自力救済的に行われた旨を主張しているものと解されるが、前記奪取行為がされた時点においては、夫から妻との夫婦関係の調整を求める調停が申し立てられていたのみならず、事件本人の監護者を夫に定める審判の申立て及び審判前の保全処分の申立てがされており、これらの事件についての調停が続けられていたのであるから、その中で夫と事件本人との面接交渉についての話し合いや見当が可能であり、それを待たずに強引に事件本人に衝撃を与える態様で同人を奪取する行為に出たことには何らの正当性も見出すことはできない。そうすると、このような状況の下で事件本人の監護者を夫と定めることは、前記明らかな違法行為をあたかも追認することになるのであるから、そのようなことが許される場合は、特にそれをしなければ事件本人の福祉が害されることが明らかといえるような特段の状況が認められる場合に限られるというべきである。しかるに、本件においては、このような特段の事情を認めるに足りる証拠はない」

 仮に長男が、母親から虐待されていて「パパ、助けて」と電話でもしていたのなら、体に傷跡でも残っているのであれば、子供を守るためということで、実力行使もやむを得ないと判断され得るのですが、そうした事情がない以上、これは誘拐したようなものです。「審判前の保全処分」を自ら申し立てておいて子供を略取したのですから、これでは言い訳のしようもありません。

 結局、控訴審では妻側の勝利に終わりました。
 しかし、原審では夫の側に親権が行く判断になっています。夫による略取が違法行為であることを認めつつも、子の福祉を判断する上で必要な諸事情の中の一要素として考慮すべきであるとしているだけです。どういった判断があってこうした結論になったかは、わかりません。ただ、最初に母親の側が長男を連れ去っているわけで、行為として比べるなら「お互い様」でしかないと考えたのかもしれません。

夫が先に連れ出しても、ダメになったケースもある

 別の判例で、同居している夫婦が離婚調停が不成立になってから十日後に、夫が「散歩」と称して娘を連れ出し、そのまま別居に至ったケースもあります。
 こちらは、先に連れ出したのが夫だったのですが、母親の側が引渡しを要求する審判を申し立て、長女の引渡しを命ずる仮処分審判が下されました。夫は弁護士を通じて、引き渡すつもりがないと宣言し、娘も母親に対して激しい拒否的態度を示したのですが、結局東京高裁まで争って、娘の親権は母親に決まりました。
 一方親権者が他方親権者に無断で子を連れ出し、子の監護を開始した場合には、その監護状態の継続性を重視するべきではないという判断ですが、これもケースバイケースなのでしょう。

 親権についての判例には、どうもブレのようなものが見て取れます。いろんな条件を列挙してはいますが、何を優先して判断するか、基準が裁判所やケースによって、どうも変わりやすいもののように感じられるのです。
 だからといって、過去の判例を学んでおくことに意味がないわけでもありません。裁判官も過去の判例を学んでいて、それに基づいて以後の判断を下していくからです。

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