離婚の判例:外国人との離婚、裁判管轄権

離婚の判例集

 日本に居住する外国人が離婚する場合、法律はどのように適用されるのでしょうか。
 詳しくはこちらでも述べられていますが、基本的に今では、夫婦の常居所地法が適用される方向になっています。つまり、アメリカ人と日本人の夫婦が日本で離婚する場合、日本の法律で裁かれるということです。
 では、何れも日本人でなく、しかし日本に居住しているとなると、どうなるのでしょうか。

日本国内居住の韓国人夫婦の離婚を日本の法律で裁いた例

 少し古い判例ですが、本国法をあえて適用せず、日本の法律を適用した例があります。
 日本には大勢の韓国籍の人が生活していますが、そんな夫婦の一つが離婚に踏み切りました。昭和46年のことです。

 韓国は、百年前まで李朝の時代が続いていたこともあり、また明朝亡き後の「小中華」として、儒教文化の浸透が日本よりずっと色濃く、従って男尊女卑の気風はずっと強いものがありました。
 それだけに、日本に居着いた韓国人の中には、古い時代の精神文化を中途半端に引き継いだ人がいたりもします。悪い方向でそうなった男性の中には、根拠も責任も負わない男尊女卑を振りかざし、ろくに働こうともせず、妻に負担を丸投げしたりする人もいました。
 今はそうでもないのですが、だから昔は、妻は働き者で夫は怠け者、といった夫婦も少なくなかったのです。しかも、酒を飲んで手をあげるという……

 そんな中、この女性は「婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」として、大韓民法840条第1項6号によって離婚、子の親権者を自分に定めることを求める訴訟を起こしたのです。

 名古屋地裁も、かなり困ったものと見えます。
 妻の離婚請求は認容しましたが、子の親権者については、あえて指定しませんでした。

「大韓民国民法には、父母の離婚にともなう子の親権者に関してはすでに法定されているのみならず、同法は、その第837条において子の養育に関するものであれば、法院は当事者の請求により必要事項を定めることができると規定しているが、親権者指定に関しては、裁判所に対し離婚の判決においてこれを指定する権限を付与していないため、親権者を指定することはできないので、右言渡しはしない

 何がなんだかわからない言い逃れで、責任回避しているような気がしないでもありません。
 しかし、これも仕方ないといえるでしょう。夫の側は、現に今、子供を扶養していません。母が必死に働いて子を守っているのです。ところが、当時の大韓民国の民法では、離婚に伴う親権の指定は、自動的に父親とされると決まっていたのです。扶養能力のない夫に子供を預けよとは、さすがに裁判官としても口にできなかったのでしょう。さりとて、韓国人を裁くのに、韓国の法律を堂々と無視するのも……

 しかし、名古屋高裁は、そうしたどっちつかずのところを踏み破り、あえて韓国の法律を無視しました。

「離婚の場合の未成年者の子の親権者の指定は、離婚を契機として生ずる親子関係にほかならないから、法例第20条によるが、同条の定めるところによると、親子間の法律関係は父の本国法によるとされるところ、大韓民国渉外私法第22条によると、「親子間の法律関係は父の本国法による」とあり、法例第29条による反致条項を適用する余地はない。そうすると、本件離婚にともなう未成年者の子の親権者の指定の準拠実質法は、大韓民国法にほかならないことになる」

 まず、韓国の法律で決める以外にはない、と言いますが……

「離婚に伴う未成年者の子の親権者の指定に関しては、法律上、自律的に父と定まることになっており、母は親権者に指定される余地はなく」
「本件の場合、いかに外国人間の離婚の問題とはいえ、父の本国法である大韓民国法に準拠すると、わが国ではすでに廃止された旧民法時代の親子関係が復活することになり、子の福祉についてみても、扶養能力のない父に子を扶養する親権者としての地位を認め、現在実際に扶養能力を示している母からその地位を奪うことになり、法例30条にいわゆる公序良俗に反するものということができる。そこでわが国の民法第819条第2項を適用し、妻を親権者と定める」

 いろいろ理由は並べ立てていますが、実質を取った判断をすべきとして、実際に子を扶養している母に親権を認めたのです。
 昔の男からすれば、これは妻が逆らったということです。妻の側がこの判決に不満を抱いたはずはないので、夫の側が上告したのでしょう。しかし、最高裁もこの判断を追認しました。
 なお、現代の韓国法では、もちろん女性の親権も存在します。自動的に父に与えられるというルールは改正されています。

 このように、日本国内の事件は日本の司法が裁くというのが基本です。
 これは外国でも同様で、海外では日本の司法の管轄を認めない判断もしばしば起きています。

行方不明の韓国人夫

 こんなケースもあります。

 もともと日本人だった女性ですが、昭和15年、当時の中華民国上海市において、朝鮮人である夫と結婚して、同棲を続けた後、昭和20年、終戦とともに朝鮮に帰国して、夫の家族と同居しました。
 しかし、1945年の韓国です。三十年に渡って抗日戦争を繰り広げてきた土地でもあり、それ以前には李朝時代の儒教文化が残っている世界です。とてもではありませんが、普通の日本人女性が暮らしていける場所ではありませんでした。慣習も環境も、何もかもが思った以上に大きなストレスとなったのです。
 それで翌年の年末、夫の事実上の離婚の承諾を得て、女性は日本に引き揚げてきました。今思うと、幸運だったという他ありません。この後、朝鮮戦争が勃発するからです。

 以来、夫からはまったく音沙汰がありませんでした。
 或いは戦乱に巻き込まれて死んだのかもしれません。

 引き上げから15年が過ぎてから、彼女は、韓国親族相続法840条5号の配偶者の生死が3年以上明らかでないとき及び同条6号の婚姻を継続し難い重大な事由があるときに該当するとして、夫に対して離婚を求める訴訟を、彼女の住所地の高松地方裁判所丸亀支部に提起しました。

 しかし、一審は彼女の訴えを却下しました。

「外国人間の離婚訴訟については、原告が我が国に住所を有する場合でも、少くとも被告が我が国に最後の住所を有したことをもって我が国の裁判所の裁判権を認める要件となすべきであって、我が国に渡来したことのない被告に対してまで我が国の裁判所に裁判権を認めることは被告に対して事実上応訴の道を封ずる結果となり不当であるというべきである。本件において、妻の主張によれば、夫は我が国に渡来したことがないというのであるから、本件離婚訴訟については、我が国の裁判所には裁判権がないものといわなければならない」

 これも道理です。
 本人がおらず裁判に応じる努力もできないのに、一方的に裁いていいのか、ということです。
 それで控訴審も、これを棄却しました。

 しかし、最高裁は原判決を破棄して、東京地方裁判所に本件を移送しました。

「離婚の国際的裁判管轄権の有無を決定するにあたっても、被告の住所がわが国にあることを原則とすべきことは、訴訟の手続上の正義の要求にも合致し、また、いわゆる跛行婚の発生を避けることにもなり、相当に理由のあることではある。しかし、他面、原告が遺棄された場合被告が行方不明である場合その他これに準ずる場合においても、いたずらにこの原則に膠着し、被告の住所がわが国になければ、原告の住所がわが国に存していても、なお、わが国に離婚の国際的裁判管轄権が認められないとすることは、わが国に住所を有する外国人で、わが国の法律によっても離婚の請求権を有すべき者の身分関係に十分な保護を与えないこととなり、国際私法生活における正義公平の理念にもとる結果を招来することとなる。
 本件離婚請求は妻が主張する前記事情によるものであり、しかも妻が昭和21年12月以降わが国に住所を有している以上、たとえ夫がわが国に最後の住所をも有しない者であっても、本件訴訟はわが国の裁判管轄権に属するものと解するを相当とする」

 被告の住所、この場合の夫が日本国内にあれば話は簡単だったのですが、そうでなくても、正義公平の理念から特別の事情ありとされる場合には、日本の裁判管轄件を認める、という判断をしているのです。

 ただ、こうした国際的な離婚の問題は、一般人の手にはあまると思います。
 当の裁判官ですら、悩まされるような話です。

 もしこの手の問題があったら、専門家に相談するしかないでしょう。

タイトルとURLをコピーしました