離婚の判例:養育費と借金

離婚の判例集

 離婚問題にはお金が絡むことが珍しくありません。特に夫に浪費癖などがあったりすると、家庭生活はメチャクチャになりますから、すぐさま離婚、そして新生活となってもおかしくありません。
 しかし問題はその後で、夫に養育費を支払わせることが非常に困難だったりします。女性の中には、夫から養育費を取り立てるのが億劫で、諦めてしまう方も少なくありません。
 ですが養育費は「子供の権利」です。あなたが欲しい、欲しくないではなく、子供のために必要なお金ですから、夫が嫌いでもなんでも関係ありません。夫の側も、仮にどれほど妻を憎んでいたとしても、子供のためにはお金を負担しなければなりません。

 そして、子供の生活のための支出は、他のさまざまな義務に優先します。
 他の親族への支援であれば、まず自分の生活を確保してからということになるのですが、子供に対してだけは、本人と同等の生活を保障しなくてはいけないのです。

 それは、多額の借金がある場合でも変わりません。

養育費を支払わない夫

 昭和59年に結婚し、その年のうちに長女、二年後に長男、平成3年に二女が生まれた夫婦のケースです。
 平成5年、子供達の親権者を妻と定めて調停離婚しました。そこには

  • 夫は妻に対して、離婚に伴う解決金として130万円を支払う
  • 子供達の養育費については、和歌山家庭裁判所の家事調停、審判に委ねる

 という調停条項がありました。
 離婚後の妻はパート勤めをし、月額6~10万程度の収入がありますが、不足する生活費が10万円ほどあり、それは親から援助してもらっている状態でした。
 一方、夫は離婚後二ヶ月して仕事を退職し、求職活動しているものの、まだこれといった仕事は始めていない状態です。

 問題は、夫に多額の借金があることです。住宅ローンが800万円程度、離婚に伴う解決金支払いのための借入金も130万円、更に自動車ローン返済のための借入金も130万円……
 当然、働いていない状態では、毎月10万円以上の取立てに対応できるはずもなく、現状ではすべて夫の両親が建て替えている有様です。

 妻は夫に対して、子供の養育費として、平成5年3月から、それぞれが成人する月まで、一ヶ月一人あたり3万円の支払いを求める審判を申し立てました。

 和歌山家裁は、夫に経済的余力はないとして、妻の申し立てを却下しました。
 ですが大阪高裁は、現審判を取り消して、差し戻しました。

「夫が負債を抱えているとしても、親の未成熟子に対する扶養義務は、親に存する余力の範囲内で行えば足りるようないわゆる生活扶助義務ではなく、いわば一椀の飯も分かち合うという性質のものであり、親は子に対して自己と同程度の生活を常にさせるべきいわゆる生活保持義務なのである。したがって、基本的には、親である夫が負債を抱えていたとしても、後記説示のとおり自らの生活が維持されており、債務の弁済すらなされている以上、未成熟子である各本件事件本人の扶養義務を免れる余地はないものというべきである。負債を抱えていることは、考慮すべき諸般の事情のうちの一つにすぎず、その返済のため経済的余裕がないからとして、直ちに未成熟子である各本件事件本人に対する具体的養育費の支払い義務を否定する根拠とはならないのである」

 一椀の飯も分かち合うという性質……
 本サイトの他のところでも述べましたが、まさしく、親がステーキを食べるなら子にもステーキを、パンの耳しかないならパンの耳を分け与えるのが、親に課せられた扶養義務です。何も与えなくていいのは、何も持っていないときだけです。
 ついでにいえば、この事件のように失業しておらず、給与所得者である場合には、取り立てる側が差し押さえ可能な範囲には制限があります。それ以外は妻子の生活を優先するために取っておかれなければならないとされているので、借金のせいで子供には何も払えない、という状況は生じにくいのです。

「状況如何によっては、夫の潜在的労働能力を前提にして、本件養育費を算定することの可否及び当否をも検討すべきである」
「また、夫は失業保険を受給中というのであるが、失業保険の給付は、現実的には、失業者本人のみでなく、その家族等の生活の維持に対し一定の役割を果たしているのであって、このことは当裁判所に顕著である。したがって、原審は、夫が受給したという保険給付金に関する詳細な事実関係を調査し、その結果を前提にして本件養育費を算定することの可否及び当否も検討すべきである」

 失業保険をもらってるならそこから出せ。今、働いているかどうかは問題としない。働ける能力があるなら、それで稼げるはずの金額を前提に養育費を決定するぞ……
 そこまで言っているのです。

養育費を借金の返済に使ってしまう親

 これとは正反対のケースもみてみましょう。
 養育費はあくまで子供の権利であって、子供を引き取った母親の権利ではありません。

 昭和63年に結婚し、平成元年に子供が生まれた夫婦のケースです。
 平成7年に子供の親権を妻と定めて協議離婚しました。

 夫は妻に対して、妻子の生活保障のために、900万円を支払いました。事実上の養育費です。
 ところが妻は、このうち700万円を借金返済に充ててしまい、残りは引越し費用や妻の再婚相手の男性の借金返済に使ってしまいました。
 女性は再婚するまでに期間を空けなくてはいけないのですが、それでも妻は、この年の10月には新しい男性と再婚しました。また、子供は新しい夫と養子縁組しました。

 これで終わっていれば問題は表面化しなかったのですが、妻はサラ金でお金を借りるようになりました。元夫は、元夫の実家が求めるので……多分、子供のことが気にかかっていたのでしょうが、元妻の実家への引越し費用として約50万円を元妻の実家に渡したり、毎月数万円を元妻に手渡したりしていました。
 しかし、平成9年7月に、それでも満足できない元妻は、元夫に対して、子供の養育費の支払いを求める申し立てをしました。
 また、妻は、その年の10月に新たな夫と協議離婚し、子供も新たな夫と協議離縁しましたが、平成10年4月に再婚し、子供も再度養子縁組しています。

 札幌家裁は、こうした事情を踏まえた上で、妻の申し立てを却下しました。

「妻が本件申立てに及んだのは、専ら妻の都合で抱えてしまった多額の借金の返済による生活の困窮が理由であることは明らかであるところ、妻は、夫から受け取った約900万円もの離婚給付金を借金返済のためなどに短期間で費消したばかりか、離婚後も夫から何度となくまとまった金員の支払いを受けては未払家賃などの支払に充てていること、本件申立て後の妻の行動は、ひとえにより高額の養育費を得るための行動であり、そのために未成年者に転居、転校を強いるなど、親権者として真に未成年者のことを考えて行動しているとは到底考えられないこと、加えて、妻は家庭裁判所調査官による養育費試算の調査の過程で、前記のとおり、離婚、再婚、転居など生活状況をめまぐるしく変動させ、かつ、そのことを家庭裁判所に知らせなかったことによって調査を長期化させたことが認められる。また、前記のとおり、妻及び新しい夫の基礎収入は最低生活費を下回っているけれども、前記認定事実に照らせば、妻及び新しい夫には未成年者を扶養すべきなお一層の自助努力が求められて然るべきである、
 以上の諸事情を総合考慮すれば、妻の本件申立ては、妻が抱えている借金の返済による生活の困窮から免れるため、未成年者の養育費請求という形式をとって夫に自己の借金の一部を肩代わりしてもらうことを求めているに等しく、信義則に反し、権利の濫用であると認めるのが相当である」

 これは……
 ひどい、という声しか出てきません。

 つまり、この事件の妻は、浪費家な上、浮気までしていたことになります。
 それで離婚に至ったけれども、その後もずっと元夫を利用し続けて、野放図な生活を続けていた、という話です。
 さすがにここまでひどい事件では、裁判所も権利の濫用を見逃すことはありません。私、蓮沼も女性の味方の立場ではありますが、これほどまでにメチャクチャでは、擁護のしようがありません。

 なお余談ですが、本来であれば、この事件のように、子供が養子縁組して、新たな親を持った場合、元の親の養育義務は、今の親のそれに劣後するとされています。
 神戸家裁の判例にありますが、

「養子制度の本質からすれば、未成熟の養子に対する養親の扶養義務は親権者でない実親のそれに優先すると解すべきであるから、妻の分担額を決めるに当たっては、養父の収入・支出等も考慮することとする」

 と述べられています。
 こちらの神戸家裁のケースでは、元妻が新たな夫と再婚してから子供を養子縁組させ、一方で元夫も新しい女性と結婚しています。その上で、元妻が元夫に子供の養育費を要求して審判申し立てをしたのですが、却下されています。
 つまり、上記札幌のケースでは、元夫は支払いすぎだといってもいいくらいなのです。

 いずれにせよ……
 子供そっちのけで自分の利益だけ追いかける親というのは、見苦しいものですね。

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