離婚の判例:不動産の財産分与

離婚の判例集

 離婚に際して、不動産がある場合は、いろいろと面倒になります。
 夢と希望に満ち溢れて、二人で購入した新居。しかし、離婚となると、一緒には暮らせないわけですから、どちらかが家を取り、もう一方が持分の分だけお金を受け取ることになります。

 問題は、これに税金がかかることです。
 財産分与として整理する場合には、不動産を受け取る側には不動産取得税贈与税がかかりません。分与する側には不動産譲渡所得税がかかります。但し、不動産譲渡所得税は、所有している不動産の価格が上がった場合にかかるものなので、今のご時勢では、あまり問題とはならないでしょう。
 なお、財産分与としてではなく、慰謝料扱いである場合には、不動産取得税がかかります。また、通常の財産分与の範囲を超えて、あまりに不均等な分与を行った場合には、その分は贈与したものとみなされるので、贈与税がかかります。

 これらの事情を意識した上で、離婚時の財産分与を考える必要があるのです。

夫が妻の持分を買い取った例

 昭和49年に結婚した夫婦のケースです。
 先に生まれた双子は生後間もなく死亡し、昭和59年にやっと娘が生まれました。
 娘が生まれる少し前に、夫婦は3200万円で自宅を購入しました。そして、夫と妻、それぞれの持分を2分の1ずつとしました。

 さて、この夫、今でいうドメスティックバイオレンスの典型のような人だったようです。妻だけでなく、まだ幼い娘にも、それどころかそれ以外の人にも暴力を振るいました。私、蓮沼はこういったケースを一番嫌悪もし、また重視してもいます。とにかく迅速に離婚すべき状況だからです。
 平成7年11月には、妻が用意した夕食が気に入らないことに腹を立てて、殴る蹴るの暴行を加えました。それで妻は娘と共に自宅を出て、別居を始めました。
 平成8年に、妻は夫に対して、離婚、娘の親権者を妻と指定すること、それと自宅の妻の持分を夫に移転登記すると同時に、財産分与として清算金2560万円の支払いを求めました。また、離婚慰謝料として500万円の支払いも要求しました。

 一審は、夫の暴力によって婚姻関係が破綻したと認定しました。離婚、娘の親権者を妻とし、400万円の慰謝料を認めました。
 財産分与については、妻が結婚前から所有していたマンションの売却代金の一部を自宅の購入資金に当てていたので、妻の寄与した分を6割として、夫に持分全部を移転登記させる代わりに、2000万円を支払うよう命じました。

 控訴審は、財産分与以外については、一審のままとしました。

「本件不動産には現在夫が居住しており、妻は同所には居住していないこと、その他夫は本件不動産に継続して居住するため、その所有権を単独で取得することを強く希望し、妻はその所有権にはこだわらずむしろその代償として金銭の給付を求めている等の当事者双方の意見等を総合して考えると、本件不動産については、その妻の持分を夫に分与して、これを全部夫に取得させることとし、これに対して夫から妻に一定額の金銭を支払うべきものとする等して双方の利害を調整するのが一応相当である」

 一審では4000万円と評価された不動産の時価を3500万円と認定して、そこから購入のための債務の残り1031万円を控除、残った2469万円の6割が妻の取り分という基準で、夫の支払う精算金を1600万円に減額しました。
 また持分全部移転登記手続と精算金の支払いを同時履行とし、何れも債務名義としています。

 このケースで述べられてはいませんが、まず、贈与でもなければ慰謝料扱いでもないので、夫には贈与税も不動産取得税もかかっていないはずです。また、もしこの不動産が取得時より値上がりしていなければ、妻の側も不動産譲渡所得税を支払ってはいないでしょう。

 普通はこういう形で処理されるものなのです。

男の美学が恥に変わった瞬間

 しかし、中にはこんなレアケースもあります。

 この夫婦は昭和37年に結婚し、二男一女をもうけ、東京都新宿区の家に住んでいました。
 ところが、夫が勤務先の銀行で部下の女性職員と不倫をしたために、妻は離婚を決意。昭和59年11月に、夫にそのことを宣言しました。また、妻は家に残って子供を育てるつもりだとも言いました。

 普通なら、ここで持分がどうの、財産分与はどうのという話になるのですが……

 夫は、新しい女性とやり直すと決心して、「裸一貫」でいくと決めてしまいました。
 妻が留まりたいといったこの家も、元はといえば、夫の特有財産です。つまり、妻と二人で手に入れた共同財産ではなく、彼固有の資産でした。
 ですが、男たるもの、ここでケチケチしては情けない、去り際だけはカッコよく……とか考えたのでしょうか。家土地全部くれてやるということで、それを書面にして、離婚届にも署名捺印、あとは届出を出すのも、土地の登記も、すべて妻に任せました。
 昭和59年11月24日、妻は離婚届を出して29日に不動産の所有権移転登記手続を済ませました。
 一方、元夫は、新たな女性と結婚し、子供も生まれました。

 これで終わった、と思ったのでしょうか。

 元夫が銀行の上司にその話をしたところ、恐ろしい問題があると気付いたのです。
 特有財産を妻に譲り渡したのですから税金がかかるのです。そして、家のある場所は新宿、都心も都心です。税理士の試算によると、税額はおよそ2億円にも達する見込みになりました。
 その後、税務署長から、昭和59年分所得税について、1億8631万円とする決定処分を受けています。

 これではどうにもなりません。
 夫は妻に対して、財産分与契約は要素の錯誤により無効であると主張して、所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴訟を起こすことになったのです。

 一審は、夫の請求を棄却しました。
 控訴審も、控訴を棄却しました。

「夫が本件土地建物を妻に財産分与した場合に右のような高額の租税債務の負担があることを予め知っていたならば、本件財産分与契約とは異なった内容の財産分与契約をしたこともあり得たであろうと推測されるけれども、右の課税がされるかどうかについては単に夫の動機に錯誤があるにすぎないというものというべきところ、本件財産分与契約において夫に対する譲渡所得税課税の有無は夫・妻間において全く話題にもならなかったことは前認定のとおりであり、夫に対する右課税のないことが契約成立の前提とされていたことや夫においてこれを合意の動機として表示したことを認めるに足る証拠はない」

 血も涙もありません
 が、さすがに現実的ではないと考えたのか、最高裁で覆ります。

「離婚に伴う財産分与として夫婦の一方がその特有財産である不動産を他方に譲渡した場合には、分与者に譲渡所得を生じたものとして課税されることとなる。したがって、前示事実関係からすると、本件財産分与契約の際、少なくとも夫において、右の点を誤解していたものというほかはないが、夫は、その際、財産分与を受ける妻に課税されることを心配して気遣う発言をしたというのであり、記録によれば、妻も、自己に課税されるものと理解していたことが窺われる。そうすれば、夫において、右財産分与に伴う課税の点を重視していたのみならず、他に特段の事情がない限り、自己に課税されないことを当然の前提とし、かつ、その旨を黙示的には表示していたものといわざるをえない」

 勘違いしていたのだから、これはやり直しするべきだ、としたのです。
 ですが、これは幸運かつ稀な例でしょう。

 この夫婦は、一度登記を元に戻してから、もう一度財産分与をやり直すことになります。
 時効については2年の除斥期間が経過しているのですが、差戻審では、時効の停止に関する民法一六一条を類推適用して、これによって協議が妨げられることはないとしています。

 別れる時は体ひとつで……
 男の美学かもしれませんが、司法には通用しないのです。

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