別居期間の長さは、婚姻の破綻を判断する上で大きな材料となります。
もちろん、ただの単身赴任などはカウントされません。質も問われます。
では、家庭内別居という状況は、どう判断されるのでしょうか?
先に結論を述べると「判断が分かれる」という答えになります。別居期間として加算されたり、されなかったりするのです。
積年の恨み
昭和35年に結婚した夫婦があり、翌年には長女、42年には長男が生まれました。
この時代、珍しくはないのですが、夫は仕事人間でした。家庭では無口で、ひたすら仕事を優先する生活をしていたようです。
一方、妻は病気がちな専業主婦でした。昭和61年に胃癌の手術を受けて、それからは体力の低下もあって、家事もあまりできなくなりました。
平成4年に長男が結婚して独立、家を出ると、既に夫婦仲は冷え切っていたのか、その年のうちに寝室を別にし、食事も別々に摂るようになりました。その3年後、夫は仕事を定年退職しました。その翌年、妻は左股関節臼蓋手術をして退院しましたが、その頃から会話も全くなくなり、家の中の別々の階で暮らすようになったのです。
平成9年6月に離婚調停を申し立て、10月に長女と家を出て、アパート暮らしを始めました。そして11月、離婚請求に踏み切りました。
しかし、その条件というのが……
- 離婚慰謝料1000万円
- 財産分与として6201万円、もしくは2922万円及び妻の死亡時まで毎月21万円
- 財産分与として自宅土地建物の夫の持分2分の1の分与と移転登記
- 自宅建物からの退去及び明け渡し
いくらなんでも、盛りすぎな感じがします。
いったい夫が何をしたというのでしょうか。病気の妻に配慮が足りなかっただろうことは想像に難くありませんが、慰謝料とは被害者が加害者から取るものです。夫が浮気したとか、暴力を振るったとか、そういった実害があっても、せいぜい三百万円くらいにしかなりません。それが一千万円です。
また、財産分与も土地建物の持分の半分といいながら、夫からは自宅からの退去を求めていますから、事実上、お金の半分と家も寄越せと言っているに等しいです。夫の側によほどの非があればともかく、ただの「仕事人間」「家庭を顧みない」だけでは、この条件は厳しいでしょう。
というか「財産分与として6201万円」……要求している財産分与の額が、夫の資産全額を超過しています!
もしかしたら、記録にはありませんが、現代でいうところのモラハラ的な何かがあったのかもしれませんが……
蓮沼がこの女性に相談を受けていたとしたら、絶対にまず、落ち着いてくださいとお願いするところです。こんな要求がまともに通るわけがありません。
一審は勝訴
一審は、妻の勢いに押されたのか、離婚請求を認めています。
七年間の家庭内別居、そして離婚請求そのものは別居開始から一ヶ月後ですが、それから裁判に二年かかっている点を鑑みて、婚姻を継続しがたい事情があるとして、離婚請求を認容しました。
しかし、当然ながら条件面はかなりダウングレードしています。
離婚慰謝料は200万円です。取れただけマシというものですが、いくらなんでも1000万円は無茶でした。
清算的財産分与として、1694万円の分与となりました。これは夫の預貯金の5分の2に相当します。つまり、全額でも4235万円しか持ってなかったのです。どこから6201万円の請求が出てきたんだろうと思いますが……
また、自宅土地建物の2分の1の持分も妻のものになりました。
更に、扶養的財産分与として、夫が受領する年金と妻の年金の差額の4割に当たる16万円が毎月支払われるとされました。
取れるものはかなり小さくなったとはいえ、妻側の全面勝訴といっていいでしょう。
家庭内別居を算入せず
しかし、これが東京高裁でひっくり返されます。
「夫と妻の長年に亘る婚姻生活にかかる前記の事情を見ても、夫には、妻の立場を思いやるという心遣いに欠ける面があったことは否定できないものの、格別に婚姻関係を破綻させるような行為があったわけでもない。そして、妻と夫は現在別居状態にあるものの、これも妻が長女と共に自宅を出たために生じたものであり、妻が一方的に夫との同居生活を拒否しているというべきものである。
なるほど、妻と夫は、平成9年10月11日以降、別居状態にあり、夫と長女の確執もあって、このまま推移すると、妻と夫の婚姻関係が破綻に至る可能性がないではない。しかし、夫は、妻と夫の年齢や妻の身体的条件等をも考慮すると、離婚という道は避けるべきであるとして、妻との婚姻関係の継続を強く望んでいる。また、長男も前記のとおり、妻と夫の婚姻関係の継続を望んでいる。そして、長女と夫の間には確執があって、長女の意向が妻の意向に強く関わっていることが窺われるが、長女に今後自立した人生を歩ませるという観点からも現状は好ましいものではない」
これが平成13年のことですから、長女の年齢はもう40歳です。それがこの時代でまだ結婚もしておらず、母と同居し、父と対立していたというのは、どんな事情があってのことでしょうか。
妻には家事をこなす体力がなく、夫はずっと仕事人間だったのですから、誰かが妻を介護していたはずです。それが長女に割り当てられていた可能性も考えられます。そうしてみると、家事と介護を押し付けられた長女が父を恨んで……という話なのかもしれません。
一方、判決をみると夫は妻の健康を「心配」して離婚に同意しないとありますが、これも本音はどうでしょうか。大きすぎる財産分与ゆえの泣き落とし作戦だったのかもしれません。
しかし、いずれにせよ、東京高裁は請求を棄却しました。
ポイントとなったのは、別居期間の短さです。訴訟に踏み切るまでの別居期間は、僅か一ヶ月しかありません。一審では、家庭内別居期間もこれに加算していますが、控訴審では「36年の婚姻期間と一ヶ月の別居」という判断になっています。
これでは確かに、離婚はできません。
この判例を外から見てわかる範囲で意見を述べるとすれば、とにかく「準備不足」の観が拭えません。
裁判所も「格別に婚姻関係を破綻させるような行為があったわけでもない」と述べてしまっています。夫がいかに家庭生活において非協力的だったかという事実の積み重ねをするのを怠り、気持ちばかりが先走って高額な慰謝料を請求してしまったのです。
判決をみても想像がつきますが、これは長女の今後の生活に必要な資金を、この離婚で確保しようとしたと考えることもできます。
これは他山の石とすべき判例でしょう。