離婚の判例:不貞行為の慰謝料はお早めに

離婚の判例集

 突然ですが、もしあなたの夫が不倫をしていたと知ったら、どうしますか?
 女性によって意見は分かれると思います。頭にくるけど子供もいるし生活もあるから離婚したくてもできない、という方もいらっしゃるでしょうし、絶対に許さない、離婚するしただじゃ済まさない、という方もおいででしょう。過激な方の中には「殺す」と明言した人までいました。

 殺すのは論外としても、もし夫に思い知らせるのなら、グズグズしていてはいけません。
 証拠を掴んだら、それを記録しておくだけではいけないのです。その記録を「いつ」使うか。それによって損得も分かれてくる場合があるのです。

遅すぎた訴え

 昭和17年に婚姻届を出した夫婦です。
 昭和41年頃、ある女性が夫に妻子がいることを知りながら、彼と性交渉をもちました。更には同棲までして、昭和44年には子供まで産んでしまいました。この関係は長期にわたり、昭和62年末まで続きました。
 妻は夫に対して、慰謝料として5000万円の支払いを求める訴訟を提起しました。

 しかし、5000万円……
 積年の恨みといったところでしょうか。ですが、慰謝料というものがどういう性質をもつものか、知っていればこんな判断はしなかったでしょう。
 私、蓮沼も、離婚の相談を受けるといつも「慰謝料どれだけ取れますか」みたいなことをいわれるのですが……何度「慰謝料は離婚の脇役」だと言わなければならなかったか。

 一審は、夫に対して500万円の支払いを命じました。
 相場としては、ほぼこれが上限といっていいくらいの金額です。

 控訴審では、夫の側が消滅時効の抗弁を主張しました。
 妻が自分の不倫を知ってから、何年も経っている、だから不貞行為の慰謝料の請求ができる期間は三年なので、もう時効じゃないかと。
 ですが、東京高裁の判決としては、継続した同棲関係が全体として妻に対する違法な行為として評価されるべきで、日々の同棲を逐一個別の違法な行為として把握し、これに応じて損害賠償義務の発生及び消滅を日毎に定めるものとするのは、行為の実質にそぐわないものであって、相当ではないから、本件損害賠償義務は、全体として、夫と愛人の同棲関係が終了した昭和62年12月から消滅時効が進行すると判断して、夫の消滅時効の抗弁を排斥しました。
 つまり、一審の判決を維持したのです。

 しかし、最高裁はこれを差し戻しました。

「夫婦の一方の配偶者が他方の配偶者と第三者の同棲により第三者に対して取得する慰謝料請求権については、一方の配偶者が右の同棲関係を知った時から、それまでの間の慰謝料請求権の消滅時効が進行すると解するのが相当である。けだし、右の場合に一方の配偶者が被る精神的苦痛は、同棲関係が解消されるまでの間、これを不可分一体のものとして把握しなければならないものではなく、一方の配偶者は、同棲関係を知った時点で、第三者に慰謝料の支払いを求めることを妨げられるものではないからである」
「妻が夫に対して本訴を提起したのは、記録上、昭和62年8月31日であることが明らかであるから、同日から3年前の昭和59年8月31日より前に妻が夫と愛人との同棲関係を知っていたのであれば、本訴請求に係る慰謝料請求権は、その一部が既に時効により消滅していたものといわなければならない」

 不貞行為についての慰謝料の消滅時効はどこから起算するのでしょうか。
 控訴審では、同棲関係解消時から時効が進行するとされ、最高裁では妻が夫の不貞行為を知った日から進行するとしました。

 不貞行為を知ったら、ほったらかしにしてはいけないのです。

離婚という事実のみが評価された

 しかし、この消滅時効については、実は判決によってブレがある部分です。
 離婚成立時を起算点とした事例もあるのです。

 昭和36年に結婚し、翌年長男が生まれた家庭のケースです。
 夫は勤務先で女性と知り合い、男女の関係になりました。それで夫は家を出て女性と暮らし、更には昭和54年には勤めていた証券会社も退社して、女性の父の住職の地位を受け継いで、彼女と同居してしまいました。しかも昭和57年には女性は夫との間に女児を生み、彼も子供を認知しました。
 そんな状況でも、妻は夫に帰ってきて欲しかったようです。昭和60年に夫婦関係調整の調停を申し立てましたが、不調に終わりました。逆に夫は、平成6年、妻に対して離婚訴訟を提起し、平成7年に離婚を認める判決がされました。妻は控訴、上告しましたが、平成10年には離婚が確定しました。

 そこで妻は、離婚を避けられなくなってきた平成9年5月に、2000万円もの慰謝料を求める訴訟を提起したのです。

 しかし、2000万円……
 やはり積年の恨みといったところでしょうか。そして、こういった状況で、一般に女性がどれほど慰謝料に期待しているかがよくわかる例です。

 東京地裁は、この一つ前の例にならって、妻の請求を棄却しました。
 まず、夫と妻の婚姻関係は、女性が女児を出産し、妻がこれを知った昭和57年には破綻したと認められるから、少なくとも昭和57年以降の夫と女性の関係については、不法行為が成立しないとしました。
 一方、夫婦関係が破綻する前の女性の不法行為については、それをやはり以前から認識していたのであって、妻の慰謝料請求権は三年で消滅しますから、訴えるのが遅すぎて時効だとしたのです。

 納得できなかったのでしょう。
 そして控訴審では、一審判決を一部取り消して、夫に200万円の慰謝料支払いを命じました。

「妻の本件慰謝料請求は、単に夫と女性の肉体関係ないし同棲の違法を理由とするものではなく、夫と女性の肉体関係ないし同棲の継続によって、最終的に夫との離婚をやむなくされるに至ったことにより被った慰謝料の支払をも求めるものであるところ、前示の事実関係によれば、夫と女性の肉体関係ないし同棲の継続により右離婚をやむなくされ、最終的に離婚判決が確定したのであるから、離婚に至らしめた女性の右行為が妻に対する不法行為となるものと解すべきである」

 つまり、一審と同じく、一つ前の例と同じ法律で判断はしています。
 夫の不倫そのものは、その事実を知った時から三年で時効、これは変わりません。
 しかし、この慰謝料そのものは、離婚せざるを得なくなったという事実そのものについての請求でもあるので、これは離婚成立時点から時効が進行するため、まだ三年は経過していません(離婚確定は平成10年3月、一審は同年7月、控訴審は同年12月)。

 なんだか非常に微妙な理由付けですが、とにかくそういうことになりました。
 離婚そのものを成立させたという一点をもって、慰謝料が発生したのです。

 やはりというか、こちらも慰謝料はたったの200万円です。20年も苦しんで、たった200万円。
 当サイトでは、慰謝料に過大な期待をもつべきでないと繰り返し述べていますが、これが現実なのです。

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