離婚の判例:高額な相続財産と婚姻費用

離婚の判例集

 昔、どこかで見聞きしただけの話ですが……

 とある資産家の息子がいました。彼がお金持ちなのを知って、女性が近付き、結婚に至りました。ですが彼女には悪意があったのです。
 ほどなく彼女は夫をイラつかせる行動を繰り返し「離婚する」と言わせました。やった! と喜んだそうです。
 離婚といえば慰謝料、そして財産分与です。今回は性格の不一致で、両者同意の上で離婚するので、慰謝料の問題はありません。では、財産分与は? 彼が親から引き継いだ莫大な遺産、その半分が彼女の手に……

 ……入りませんでした。

 このサイトの記事をきちんとご覧の皆様なら、そうなることはとっくにご存知かと思います。
 夫婦別産制といって、夫の収入は夫のもの、妻の収入は妻のもの、離婚で清算されるのは共同財産のみです。妻が専業主婦でも、夫の給与が分与の対象になるのは、家事労働が夫の生活、健康、そして労働を支えているとされるからです。
 だから、夫が、その父親の遺産を受け取ったからといって、自動的に妻の取り分になるわけではありません。夫の父が死亡した場合、まず優先的に遺産を受け取れるのは、夫の父の配偶者、続いてその子である夫です。夫の妻は、含まれません。

 アテが外れた!
 と悔しがったそうです。
 こんなことしでかす前に、私、蓮沼に一言相談してくれれば、ひどいことにならずに済んだのに……

 では、次のケースはどうでしょうか?

莫大な相続があった夫

 夫と妻は昭和49年に結婚し、54年に長男が生まれました。
 ですが、その四ヵ月後には別居に至っています。育児のストレスが原因なのかもしれませんね……

 夫は離婚調停申し立てをしましたが、これが不成立となりましたので、別居から二年後、離婚請求の訴訟に発展しました。
 一方で、妻は昭和55年末に婚姻費用分担の調停を申し立て、審判に移行しました。

 出産からそれほど時間が経っていないこともあり、妻ができる仕事は限られていました。実家に帰り、そこでピアノの個人教師で毎月二万円の収入を得るばかりでした。
 一方の夫は会社員で、昭和55年時点の収入は、およそ300万円程度でした。

 ですが、実は昭和48年、つまり結婚の直前に夫の父が死亡していました。この父には6億6000万円もの財産があり、これを夫は相続していました。但し、ほったらかしにでもしておいたのか、相続税も払っておらず、延納のために利子税まで発生して、こちらの合計が5億円にもなっていました。

 大金持ち、というには、ちょっと微妙な感じですが……
 6億6000万円ですから、すぐさま相続税を支払ったとしても、55%は持っていかれます。ただ、控除額が7200万円ありますから、すぐさま支払っておけば、手元に3億円以上残ったはずなのですが、受け継いだ財産が現金でなく、不動産などであった場合は、それも難しかったのかもしれません。
 とにかく、夫はかなりの財産を相続していたのです。

相続した財産で支払えという判断

 原審では、夫に対して婚姻費用として150万円を即座に支払い、かつ離婚成立まで毎月14万円の支払いをするように命じました。
 夫の年収は300万円ですから、ボーナスその他を考慮せずに月で割ると25万円です。そこから14万円となると、夫の手元に残るのは11万円。かなり厳しいものがあります。ただ、「夫の給与からと考えたら」の話なので、相続した財産から出せば、なんてことはない金額です。

「婚姻中の夫婦は互いにその婚姻費用を分担する義務があり、たとえ夫婦の関係が破綻し、離婚訴訟中であっても同様であり、専らいわゆる有責配偶者と認められない限り、婚姻費用の分担を他方に請求できるところ、その分担額は各自の資産・収入及び従前の生活状態あるいは別居に至る経緯等の諸般の事情を考慮してこれを決すべきである」

「なお、夫は前記多額の相続税及び利子税をすべて納めておらず、その納税の負担は大きいといえるが、右税に見合う資産を保有し、不動産収入もあり、また、配偶者と未成熟子に対する扶養の意味を有する本件の婚姻費用分担義務はいわゆる生活保持義務であり、納税に優先してこれを負担する義務があるというべきである」

 この原審の判決は、夫が多額の資産を相続し、その不動産収入を得ているのだから、そこから妻子への婚姻費用を払うべきとしています。
 つまり、夫の多額の資産が婚姻費用の反映されるとしているのです。

 もう一つポイントがあって、離婚訴訟中であっても、権利者、この場合の妻が有責配偶者と認められない限りは、婚姻費用の負担を他方に求めることができると述べられています。この部分は一般的な判例です。

特有財産は影響しない

 これが抗告審ではひっくり返されました。
 夫の抗告も、妻の附帯抗告も、いずれも棄却されたのです。

「妻と夫は、婚姻から別居に至るまでの間、就中マンションに住んでいた当時、専ら夫が勤務先から得る給与所得によって家庭生活を営み、夫の相続財産またはこれを貸与して得た賃料収入は、直接生計の資とはされていなかったものである。従って、夫と別居した妻としては、十全と同等の生活を保持することができれば足りると解するのが相当であるから、その婚姻費用の分担額を決定するに際し考慮すべき収入は、主として夫の給与所得であるということになる。
 以上の通りであるから、夫が相続によりかなりの特有財産を有していることも、また、夫が右相続により相当多額の公租公課を負担していることも、いずれも、本件において夫が妻に対して負担すべき婚姻費用の額を定めるについて特段の影響を及ぼすものではないというべきである」

 夫には婚姻費用を負担する義務がありますが、実際に同居していた時、夫は自分の給与だけで妻を養っていたようです。
 であるなら、夫の妻に対する婚姻費用負担の義務は、あくまで給与の中でのみ発生するのであって、相続された財産をそこに含めて考えるべきではない、という判決でした。

 結論として、やっぱり「お金持ちと結婚してもお金持ちになれるわけじゃない」といえます。
 夫の特有財産は夫のものだからです。

 今、輝いている男より、これから光る男を捕まえよう! なんてよく言いますね。蓮沼としても、これは同意見です。
 妻からすれば、多くの財産を相続する夫より、自前でたくさん稼ぐ夫の方が、得るものが多いのです。

 一番いいのは、夫に頼らずに済む経済力を身につけることですけどね。

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