離婚の判例:面接交渉の危険

離婚の判例集

 子供を引き取って離婚した母親にとって、煩わしいだけでなく心配を伴うのが面会交流です。

 面会交流は、基本的には夫側の権利です。親権者になれなかったからといって、親としての義務、つまり養育費から逃れることはできません。一方、形だけでもその義務を果たしているのであれば、子供と接点をもつことも許されるのです。
 しかし、なにしろ離婚しなければならなくなったくらいですから、夫には何か人間的な問題があったりするものです。

 たとえば、2017年1月、長崎県長崎市で、面会交流のために幼い長男を連れて元夫に会いにいった女性が刺殺され、元夫も自殺する事件がありました。また、2017年4月、兵庫県伊丹市で、面会交流中の父親が4歳の娘を殺害し、自らもネクタイで首を吊って自殺する事件がおきました。
 元夫達をこうした凶行に駆り立てるのは、一説には離別した妻への復讐心といわれます。離婚は全人格の否定であり、家族の終わり、一つの人生の終わりです。データにも現れていますが、離婚後の男性の平均寿命は短くなります。少なからず自殺してしまうからですが、死んでしまっても構わない状態の人間がどれほど危険か、説明するまでもないでしょう。
 私、蓮沼も見たことがありますが、こういう自暴自棄の人間というのは、社会の一切のブレーキが利きません。離婚が暴走の引き金となることもあるのです。

 ただ、だからこそ裁判所は面会交流を促進しようとしていますし、そうせざるを得ないのも現実です。面会すらできないのに養育費を払えといっても、夫の側はバカバカしくて従わないからです。それを毎回強制執行されたら、それはそれで、逆上して何をしでかすかもわかりません。また、強制執行する側の事務コストだってバカにはなりませんから、できればスムーズかつ自発的に養育費を支払い、安全に面会交流を済ませて欲しいところなのです。
 とはいえ、本当に子供の安全に悪影響がありそうな場合であれば、当然ながら面会交流など成立しません。正当な理由があれば、拒否することは可能です。

悪影響しかない元夫を排除

 昭和49年に結婚し、その年の末に長女、翌年長男が生まれたケースです。

 この夫、とんでもない男だったらしく、昭和50年9月、つまり長男誕生の3ヶ月前に、覚せい剤取締法違反で懲役4月、執行猶予2年の判決を受けています。
 しかもこの夫、経営していた麻雀荘が経営不振となって、昭和51年に廃業してからは、無職になっています。かてて加えて、妻に対して日常的に暴力を振るったといいますから、もう、離婚すべき夫・数え役満といったところでしょうか。
 いくらなんでもどうしようもないと思ったのでしょう。昭和53年、妻は離婚訴訟を提起して、10月には子供達の親権者を妻と定めて離婚しました。この際に、

「妻は長女、長男がそれぞれ成年に達するまでの間、夫が二ヶ月に1回の割合で右子供らに面接することに同意する」

 と定められました。
 こんな取り決めをしてしまう時点でダメだと思うのですが……

 案の定、夫は懲りることなく、昭和54年に覚せい剤使用で懲役1年2月の実刑判決を受けました。その後出所してから、夫は妻の自宅におしかけ、暴行を加えるに至りました。
 こうなるに決まっていたのですが、ことここに至って妻は、面会交流の禁止を求める審判を申し立てました。

 浦和家裁は、訴え通り、面会交流を禁止しました。

「右当事者間に成立した和解中、事件本人らと夫の面接交渉を定めた和解条項第2項は、これを取消す。
 夫は、事件本人らの面接交渉につき、妻との間でこれを許す新たな協議が成立するか、または、これを許す家庭裁判所の調停審判があるまでの間、事件本人らと面接交渉をしてはならない」

 遅きに失した感もありますが……
 ヤク中の元夫なんかと子供を会わせても、プラスになりそうなものなんかありません。むしろ悪影響しかないでしょうし。

「面接交渉権は、抽象的には親として有する固有の自然権であるが、具体的には父母間の協議又は家庭裁判所の調停・審判によって形成される、子の監護に関連する権利と解されるから、本件のように面接交渉権が裁判上の和解により形成された場合でも、その実質は父母間の協議と解するのが相当である。そして、前記のとおり、面接交渉に関する協議が成立した以上、当事者は約旨に従って面接する権利、義務を有するに至ることは多言を要せずして明らかである。しかしながら、面接交渉権は、親の子に対する自然の情愛を尊重し、子の人格の健全な成長のためには親の愛情をうけることが有益であることを根拠として認められるものであるから、面接交渉権の行使が、協議または調停・審判の成立後の事情の変更により、未成年者の福祉を著しく害するような自体に立ち至ったときには、未成年者の監護に関し後見的な権限を有する家庭裁判所は、右協議または調停・審判の変更または取消をすることができるものと解するのが相当である」

 面接交渉権は親の自然な権利ではありますが、それは子供が育つ上で親の愛情が有益だから認められるに過ぎないので、子供が親の持ち物だからという理由ではありません。よって、家まで押しかけていって暴力を振るう男には、そんな権利はないのです。

「事件本人らの福祉のためになされたというよりは夫がこれに藉口して離婚後の妻との面会の機会を得るために約定したとの疑念を払拭し得ないばかりでなく、夫には事件本人らとの面接により事件本人らの人格の健全な成長を図るという意図が全く看取し得ないのである。しかも、夫は覚醒剤の濫用により受刑したうえ、出所後も、離婚した妻及びその父に対し暴行を加え、あるいは金銭の要求をし、または事件本人らの通園する幼稚園に迷惑をかけるなどして、事件本人らの福祉を著しく害するような所為に及んでいるのである。そして、現在、夫が従前の生活態度を改めて、事件本人らと円満かつ平穏に面接をなしうるとの資料は見出せない」

 これは当然の判決ですが……

 しかし、この判例を目にする時、私には懸念が拭えません。
 確かにこうした、明らかに問題のある元夫に面接交渉を許さないのは、健全かつ当然の結論です。しかし、裏を返せばここまでひどくないと、面接の権利が残ってしまうということです。
 これでは、本文の冒頭に挙げたような、突発的な行動を防ぐことはできません。といって、直前まで問題行動を起こさず、それこそ面接した子供を遊園地に連れていってあげているだけだったとしたら、それを咎めることもできません。

 もしこうした状況を防ぐとすれば、正攻法でやるとなれば、コストをかけるしかないのです。
 第三者を立ち会わせる、面接交渉自体を禁じるわけではないが、離婚して「しばらく経って落ち着いてから」にする。面接交渉に先立って、専門のカウンセラーに面接してもらって、夫の精神状態をチェックする、などです。

 だから、やはり証拠集めが大切なのです。
 離婚の前に、夫が暴力を振るったなどの事実があれば、必ず記録に残しておきましょう。子供に危害が及ぶかもしれない、という理由があれば、裁判所も面接交渉をさせない判断を支持してくれるかもしれません。

養子縁組は、実父との面会を困難にする

 ですが、他に対処法はないものでしょうか?
 実は、他にも方法があるのです。ただ、これは誰にでもできるものではありません。

 再婚です。

 昭和57年からの判例ですが、長女の親権者を妻と定めて裁判上の和解によって協議離婚したケースです。
 その後、妻は新たな夫と再婚して、長女はその男性と養子縁組しました。
 その状況で、夫は、少なくとも年2回娘と面会させることを求めて、審判を申し立てました。

 長野家裁は、面接交渉権は子の福祉に適合する場合のみ行使が許されるとして、元夫の訴えを棄却しました。

「本件では、父と子が面接すると子の保護環境が再び落ち着かなくなる危険がある。この危険をおかしてまで、面接を認めるには、父と子の基本的信頼関係と愛情の交流があって、面接による子の福祉の程度が大きい場合であるが、そのような父と子の結びつきが認められず、面接交渉することは子の福祉に適合しない」

 抗告審も原審を維持しました。
 それで元夫は特別抗告しました。

「親権者でない親がその子と面接する権利は、親子という身分関係から当然に認められる自然権であり、個人の尊厳を尊重する憲法13条の幸福追求権に含まれている」
「面接交渉権の制限は、面接交渉の時期・場所・立会人などの制約を加えることができるだけである」

 と主張したのです。
 しかし、最高裁もこれを却下しました。

「所論は、協議上の離婚をした際に長女の親権者とされなかった同女の父である夫に同女との面接交渉させることは、同女の福祉に適合しないとして面接交渉を認めなかった原決定は、憲法13条に違反すると主張するが、その実質は、家庭裁判所の審判事項とされている子の監護に関する処分について定める民法七六六条一項又は二項の解釈適用の誤りをいうものにすぎず、民訴法四一九条ノ二所定の場合に当たらないと認められるから、本件抗告を不適法として却下」

 これは親権者である母が再婚し、再婚相手と子が養子縁組すると、実父との面会交流が難しくなるという実例です。
 ただ、最近ではこういった場合でも、面会交流を認める傾向があるようですから、完璧とはいきません。

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